第8話 悪役令嬢、仲間になる

 ──《リア充爆発しろ》クエストを受注しました──



 受注してないわ!


 俺、そんなクエスト受けてないって!


 なんだよ、リア充爆発しろって……それはハワードだろ!


 しかも、ハワード加入クエストの正式名、そんなタイトルじゃなかったし!


「何かの間違いじゃ……」


「ヴェリオ様、何も間違ってないわ! アタシは、帝国軍を華麗に撃退するヴェリオ様の姿に惹かれたのよ! そして確信したの! ああ……アタシの夫となる御方は……ヴェリオ様なのだと!」


 熱く語るチェルシーの瞳は、気のせいかハートマークになっているようだった。


 ……もしかして、ハワード加入のクエストが発生しなかった理由って、だったりする!?


「待ってください、チェルシー様! 俺など一介の冒険者に過ぎず、皇女殿下とは身分が違い過ぎます。それに……チェルシー様には、すでに心に決めた殿方がいらっしゃいますよね?」


 とにかく、この意味不明な状況を打破するために、元の展開に戻すのだ!


「そのような男性、アタシにはいないわよ?」


 えぇ!?


「いやいや! ハワードのこと、あんなに好きだったじゃん!」


 恋敵のエマを追放しようとしてまでハワードのことを手に入れようとしてたじゃん!


 俺は身分とか関係なく素の言葉遣いでツッコんでしまった。


「ハワード様? 素晴らしい方であるのは間違いないと思うわ。けれど、アタシは直接お話したことはないし、異性として意識したことは一度もないわ」


 そ、そんなバカな……。


「そ、それなら! エマは!? エマの件は、どう説明するんだ!?」


 エマへの嫌がらせの理由。

 それはハワードへの恋心があったからに違いないんだ!


「エマ……? どなたのこと? アタシは知らないわよ?」


 チェルシーの綺麗な碧眼からは、嘘や偽りの感情は読み取れない。


 ……どうなってんだ!?


「ヴェリオさん。私には詳しい事情は分からないのですが、チェルシー様の仰っていることに嘘はないと思います。私、見習いですけど、これまで教会で様々な悩みや懺悔を聞いてきました。その中で、嘘や真実を見抜く力を養ってまいりました。チェルシー様の言葉には誠実さが宿っており、内容も真実であると判断できます」


 聖女様のお墨付きも貰ってしまった。


 その後──


 俺は、エマとハワード、そして悪役令嬢チェルシーの関係性の裏付けを得るために、王宮内部で情報を集めることにした。




 結果。


 ハワードとエマは公に認められた恋人になっており、二人とチェルシーとの間に確執も無ければ、そもそも接点すら無いということが判明。


 チェルシーによるエマへの嫌がらせは発生しておらず、ハワードが困るということも無かったのだ。


 それどころか、皇女チェルシーの王宮内での評判は非常に良く、平民からも厚い信頼を得ていた。


 悪役令嬢ではなく、人柄の良い皇女様──

 まさか、性格までゲーム上と変わってしまっているとは……。


 まるで、乙女ゲーの悪役令嬢に転生しちゃった日本の女の子みたいである。


 破滅する悪役令嬢キャラの運命に抗うように奮闘する少女。

 そう思うと、今のチェルシーにも可愛げが出てくる。


 ルート分岐してしまったことで、目的のハワード加入は叶わないのだが……。

 

「なぁルルナ。セーブって単語に聞き覚えないか?」


 一縷いちるの望みをかけて元セーブ担当に訊ねてみる。


「せーぶ? 私は聞いたことないですね」


 キョトンとした様子で、目を丸くさせて答えるルルナ。


 この世界にはセーブもロードも無いのだ。


 やり直しはできない。


 だったらハワードは諦めて、メインシナリオを進めるしかない。


 俺は一刻を惜しむように、歩きはじめる。


 そして、俺とルルナが王宮を出ようとした、その時──


「ヴェリオ様! アタシを放置したまま出て行こうとするなんて! そんなに急いで、どこへ行こうとしているのよ!」


 悪役令嬢のチェルシーが、不安そうな表情を浮かべて声をかけてきた。


「ごめん。俺たち、やらなくちゃならないことがあるんだ」


「やらなくてはいけないこと?」


「はいっ。私とヴェリオさんは、世界中に散らばった『フェイタル・リング』を集める旅をしている最中なのです」


 まだ探す旅してないけど……。

 準備の段階でつまずいてしまった……。


 心の中でボヤいていると、


「おお! お前さんたちも旅に出るのか! オレも、ヴェリオの強さに感化されて、一人で修行の旅に出ることにしたぜ!」


 大剣豪ハワードが隣にやって来て、告げた。


「へ? 修行? 一人旅?」


 なにその展開……聞いたことないんだけど……。


「それじゃあ、旅の途中で会うことがあったら、手合わせ宜しくな!」


 そうして、仲間になるはずだったハワードは俺たちよりも一足早く王宮を出て、旅立ってしまった。


「…………」


 もう何の言葉も出ない。


 俺の知るルートからは完全に外れてしまったようだ。


 しかし、物語は、これ以上の衝撃の展開をみせる──


「それなら、アタシがヴェリオ様たちの力になるわ! このチェルシーを、リング探しの旅に同行させて!? 必ず役に立ってみせるわ!」


「はああああああああぁぁぁ!!!!!?」


 言葉は、すぐに出た。

 大きな叫び声が。


「それは心強いですっ!」


 俺の心中など知る由もない、お気楽聖女様が嬉しそうに答えた。


「いや! ちょっと待ってくれ! これ以上、おかしなルートを進むのは──」


「ダメ……かな? アタシ、こう見えて料理もできるし、お洗濯も自分で出来るわ! 二人に迷惑は掛けない! だから、お願いっ!」


 必死に頭を下げる皇女殿下。


 俺は心を鬼にして……魔神にして……断ろうとしたのだが、


「大歓迎ですよ! チェルシー様! 仲間は多いほうが良いですし、旅も楽しくなります! これから宜しくお願いしますねっ」


 聖女ルルナが満面の笑みを浮かべて了承してしまった。


 そして、《リア充爆発しろ》クエストの成功が通知された後──



 ──《皇女チェルシーが仲間に加わりました》──



 というシステムメッセージが視界に表示されたのだった。






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