第7話 悪役令嬢チェルシー

 冷静になって大剣豪ハワードの仲間加入フローを思い出す──



 1. 街に侵攻してきたギレス帝国の軍勢を撃退する(フラグ)


 2. 皇王様から特別表彰を受けた後、ハワードからクエストを受ける


 3. クエストをクリアすると、ハワードが仲間になる



 この流れで間違いないはず。


 俺はゲームをクリアするまで何度も最初からやり直した。その都度、攻略ルートを変えたんだ。だから、分岐チャートは全て把握している。


 こんな序盤の難易度の低いクエストに見落としはない……と思うのだが。


 フラグ立ては問題ない。

 問題が発生しているのは、ハワードからの依頼だ。


 なぜ、ハワードは俺に『お願いごと』をしてこなかったんだ!?



 ハワードのお願いクエスト


 それは、大剣豪ハワードを中心にした愛憎劇のお話である。



 ◆



 ハワードに恋する一人の女性──エマ。


 エマは兵士たちの給仕係であり、この王宮で働く平民の女性である。


 ハワードもエマのことを気に入っており、二人は訓練の合間などに一緒に食事をしたりするような仲睦まじい間柄である。


 アルビオン皇国軍のトップであるハワードとは身分に差があることから、自分の恋心を隠して生活するエマ。


 これだけだと、両片想いの恋愛物語のように思える。


 しかし、ハワードに恋をしているのはエマだけではなかったのだ。


 アルビオン皇国の第三皇女『チェルシー』も、ハワードに恋心を抱いていた。


 チェルシーはエマの恋心に気づいており、ハワードと仲良くしている彼女エマのことを何かと目の敵にしていたのだった。


 皇女であるチェルシーは、事あるごとに平民のエマに嫌がらせをする。


 エマを王宮から追放し、ハワードとの仲を引き裂こうとするチェルシー。

 そんなチェルシーの思惑を知ったハワードだが、皇女であるチェルシーに歯向かうことはできず、悩んでいたのだった。



 ◆



 よくある身分違いの男女の恋物語。


 そして、そんな二人の仲を引き裂こうとする悪役令嬢の存在。


 よくある展開に、お約束のキャラクターが絡み合うのがハワード加入イベントである。


 力ある者を信用し信頼するハワード。

 彼は帝国軍を撃退した主人公に信頼を寄せ、プライベートの悩みを打ち明けてくるのだ。

 エマに対する皇女チェルシーの嫌がらせを止めてくれ、と。


 いわば、丸投げである。


 プレイヤーからしたらモテ男のモテ事情など一切興味ないし、むしろ爆発しろ! と叫びたくなるが、強キャラ加入のために我慢するしかないのだ。


 しかし、その《リア充爆発しろ》クエスト(俺命名)が、なぜか発生しない。


 この世界のハワードは非モテの陰キャなのだろうか?

 それならそれでゲームの時以上に愛着が湧くのだが……。


「ヴェリオさん? どうかしましたか?」


 特別表彰イベントを終え、『玉座の間』で考えこんでいた俺に、ルルナが話しかけてきた。


「うん……ちょっとな……気になることがあって……」


「いただいた報奨金のことですか? 思っていたよりも少なかった……とか? 私としては非常に大量のお金をいただいてしまって、少々戸惑っているのですが。でも、これで活動資金には困りませんねっ!」


 そう言って、瞳を輝かせるルルナ。


 結構、現実的な聖女様だな……。


「いや、そうじゃなくて──」


 天真爛漫な聖女様に事情を説明しようとした時。


「あ! ヴェリオ様! ここに居たのね!」


 突然、俺の目の前に、黒のゴシックドレスに身を包んだ金髪少女が現れた。


「おや? お知り合いの方ですか?」


 ルルナに訊ねられるが、俺の脳内は大量の疑問符で溢れかえっていた。


 俺に声をかけてきた金髪の少女。



 ──間違いない、皇女チェルシーだ!



 エマに嫌がらせを行っている悪役令嬢チェルシー。


 ゲーム内屈指のキャラであり、高飛車な性格の彼女は俺も苦手だった。


 そのチェルシーが、今、俺の目の前に立っている。


 ……こんなイベント、ゲーム内では無かったぞ!?


 ゲームで主人公が直接関わるのはハワードとエマだけなのだ。

 悪役であるチェルシーとの会話イベントは、一つもない。


 ハワードにされた主人公は、エマを陰ながら手伝って、チェルシーの嫌がらせを自身エマの手でめさせるのだ。


 主人公はチェルシーを刺激することなく、エマとの関係も拗らせることなく穏便に問題を解決に導く。

 

 だから、皇女チェルシーが主人公の存在を知ることなど、そもそも有り得ない。


「な、なぜ、チェルシーが俺のことを知っている……!?」


「あら? ヴェリオ様もアタシのことを知っていたのね!? チェルシー、とっても嬉しいっ!」


 興奮気味に話す、皇女チェルシーこと悪役令嬢チェルシー。


「ヴェリオさん、こちらの方は……?」


「えっと……この国の皇女殿下だ。第三皇女チェルシー……様だ」


 今の俺はプレイヤーではないのだ。

 いち冒険者として、相手の身分を考えて発言しなければならない。


「さすがはヴェリオさんです! まさか皇女様とお知り合いだなんてっ」


「いや……知り合いというか何というか」


「ヴェリオ様、何を口ごもっているの? アタシはヴェリオ様の未来の妻となる女なのよ? 知り合いどころではないでしょ?」


「……は?」


 マジで何なんだ!? このイベント!

 

 なんで俺が悪役令嬢チェルシーと結婚するなんて話になってんだ!?


「妻!? ヴェリオさん……婚約者の方が居たのですか……それも、皇女様と……」


 なぜか落ち込んだ様子のルルナ。


 何がどうして、こうなった!?

 

 混乱する俺の視界に、静かにシステムメッセージが表示された。



 ──《リア充爆発しろ》クエストを受注しました──






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