第9話 いざ、ラスダンへ!


【 名前 】チェルシー

【 種族 】人間

【 Lv 】1

【 職業 】皇女

【能力値】物理攻撃力 5

     魔法攻撃力 5

     物理防御力 5

     魔法防御力 5

【 装備 】ゴシックドレス(ユニーク)

【 特記 】

 ・アルビオン皇国の第三皇女。

 ・主人公の仲間に一目惚れし、パーティーに加わる。




 皇女チェルシーは主人公の仲間になるキャラクターではない。


 ネーム付きだが、モブと大して変わらない立ち位置のキャラなのだ。


 そのチェルシーが、俺たちの仲間になってしまった。


 ──本来仲間になるはずだった大剣豪ハワードを差し置いて。


「アタシ、二人と一緒にランチを食べようと思って、サンドウィッチを作ってきたのよ! 次の目的地に向かう道中で、一緒に食べよっ♪」


 《アルビオン皇国》の街中を歩きながら話す皇女チェルシー。


 国民からの驚きの視線が痛い。

 国の皇女様が普通に街中を歩いてるんだもん……。


 ゲーム上では嫌味のある腹黒な性格だったが、この世界のチェルシーは人懐っこい親近感のあるキャラクターになっていた。


「私も御一緒して良いのですか? チェルシー様は、ヴェリオさんと二人きりで旅をしたいのでありませんか? お二人は婚約者なのですよね?」


 ルルナは未だに勘違いしている様子である。


「何を言ってるの、ルルナ様! アタシは確かにヴェリオ様の婚約者だけど、ルルナ様とも一緒に旅をしたいのよ! それに、アタシのことは、どうぞチェルシーと呼んで? 同じ目的に突き進む『仲間』なんだから♪」


 皇女チェルシーは、ルルナに向かって右手を差し出した。


「はいっ! それでは私のこともルルナと呼んでくださいっ。あらためまして、これから宜しくお願いしますねっ」


 チェルシーの右手を握り、固い握手を交わす聖女ルルナ。


 中学生くらいの年齢の二人は、早くも打ち解け合っているようだ。


 なんか勝手に話が進んでいるようだが……。


 俺、チェルシーの婚約者じゃないけどな!?


 《フェイタル・リング》に、こんなハーレム展開は存在しない。

 このゲームは、むさ苦しい野郎たちによる硬派なファンタジー物語なのだ。


 ゲームのジャンルまで変わってしまうなんて……。


 知識チートが使えないとなると、能力チートに頼らざるを得ないが……最初のリング探しで挫折しそうである……。


「次は、どちらへ赴く予定なのかしら? サンドウィッチを食べるなら、広い平原がオススメよ?」


 完全にピクニック気分の皇女様。

 

 世界滅亡の危機を救うために旅立つという雰囲気ではない。


「次の目的地だけど……ルルナ。『フェイタル・リング』探しの前に、もう1カ所寄り道してもいいか?」


「もちろん構いませんよっ。ヴェリオさんの行きたいところなら、私もチェルシーも喜んで付いていきますよ! ね? チェルシー?」


「ええ! もちろんよ! たとえ悪の居城だろうが伝説のドラゴンが棲まう魔の山だろうが、どこへでもともするわ!」


 息の揃った声で同意するルルナとチェルシー。


 そうして、俺は二人を連れて、『フェイタル・リング』探しとは関係のない場所へと空間転移したのだった──



 ◆



 夜空のような暗い空。


 雨は降っていないのだが、どんよりとした空気が漂う街。


 俺たちが転移してきた街は、賑わいをみせていた《アルビオン皇国》の街中とは異なり、住民が一人も居ないのではと思えるほど、静寂に支配されていた。


 実際、街中を歩いている人間は一人も居ない。

 主人公が暮らすトッポ村のような田舎でもない。


 不自然に静かな街の様子は物々しい雰囲気すら感じられる。


 それもそのはず──


「ヴェリオさん……この街は……」


 聖女であるルルナは感覚的に気づいたのだろうか。


「ここは、神聖ギレス帝国の首都だ」


「ということは、私たちの目の前のは皇帝ディアギレスの居城、《ギレス城》なのですか!?」


「ああ」


 俺はラストダンジョン前へと転移してきていた。


 裏ボスへのショートカットはダメでも、ラスボスなら案外いきなり戦えたりしないだろうか?

 そう考えて、俺は『フェイタル・リング』探しを全スルーして、ラスダンへの突入を試みようとしていたのだった。


 なにせ俺には時間がない。


 今が現実世界の何日の何時何分なのかも分からない状態なのだ。


 急いで俺の《主人公に裏ダンジョン最奥部メインクエストで討伐される》を達成しなければならない。

 さもないと、俺の現実シナリオが詰む。


「ほ、ほんとうに、悪の居城じゃないのよぉ!」

 

 チェルシーも驚きを隠せない様子だった。




 《フェイタル・リング》のラスボスである皇帝ディアギレスは、世界中の人々から悪の存在として恐れられている。


 皇帝ディアギレスは、『闇のフェイタル・リング』が発見された中立国へ侵攻し、闇のリングを奪ったところから、物語上の悪として覚醒する。


 皇帝は残りの5つのリングを強引に手に入れようと、世界各地に自身の配下である帝国軍を侵攻させているのだ。


 物語開始時点で所在が判明している『フェイタル・リング』は3つ。



 ・皇帝ディアギレスの所有する『闇のリング』


 ・ギレス帝国と敵対する聖エリオン教会の長が所有する『光のリング』


 ・主人公が所有する『水のリング』



 残る『火』と『風』と『土』のリングを探すのが、物語前半のストーリーである。




 全ての属性のリングを揃えた者は強大な力を手にし、世界を支配できると言われている。


 物語開始直後の現在。

 

 皇帝ディアギレスは『闇のリング』しか所有しておらず、勢力も拡大途上の段階だ。俺がサポートしながら戦えば、Lv1の主人公ルルナでも倒せそうな気がする。


「よし……ということで、ギレス城に乗り込むぞ」


 裏ダンジョン突入のフラグ立てのため、死んでくれラスボスよ!


「ええぇ!? ヴェリオさんと言えど、いきなり皇帝ディアギレスに喧嘩を売りに行くのは危険だと思いますっ! 冷静になって考え直しましょう!?」


 侵入者を防ぐための堅牢な城の扉。その扉を強引に開けようとする俺に、ルルナが血相を変えて近寄ってきた。


「いくら世界の敵である皇帝が憎くても、正面から殴り込みに行くのは得策ではないわよ?」


 一方、どこか呑気な様子のチェルシー。


「いや、諸悪の根源である皇帝ディアギレスは一刻も早く倒すべきだ。ここで倒しておかないと、いずれ世界中の人々が苦しむことになる」


 物語が進むにつれ、皇帝ディアギレスの悪逆非道っぷりは増していくのだ。

 世界にとっても俺にとっても、この段階で倒しておくのが一番良い選択である。


 ──しかし。


「な、なんだ、これ!? 扉が開かないどころか、透明な壁みたいなのに遮られて前に進めないぞ!?」


 扉をこじ開ける以前に、ギレス城付近に近づいただけで、俺は謎の透明な壁に弾き返されてしまった。


「……これは…………闇の結界ですね。おそらく、『闇のリング』の力でしょう」


 聖女ルルナが説明する。


 マジかよ……。


 これ、もしかして『光のリング』が無いと入れなかったりするのか!?

 

 ゲームだと自然に入れたんだけど……あの時は、闇以外の全てのリングを所持していた状態だったから気づかなかった……。


 裏ダン突入に必要な条件であるラスボス攻略。

 そのラスダン突入に必要なのが『光のリング』。

 そして、その『光のリング』を入手するには、他のリングを集める必要がある。


 あー…………これ、完全にRPGだわ……。


 一つ一つのイベントやキークエストをクリアしていかないとならないんだ。


 ゲーマーとしては血がたぎる場面である。


 でも、今の俺はゲーマーではなく、ゲームの裏ボスなのだ。


「フフフッ」


「ヴェリオさん? どうしました? 急に笑い出して……」


 自然と笑みが零れてしまう。


 だって──


 裏ボスだろうが何だろうが、結局のところ、俺は今の状況を楽しんでしまっているんだから!


 あのイベントや、あのボス戦!

 どうやって攻略してやろうか!


 大学進級が危ぶまれる状況においても、考えてしまうのはゲームのこと。


 Lv1のルルナとチェルシーを、どうやって皇帝ディアギレス戦まで導くか。


 考えただけでワクワクしてきてしまうのだ。


 正規ルートでしか辿り着けないのなら、やってやる!




 裏ボス主人公ルルナを育てて、全クリしてやるぜ!




「お城に入れないのであれば、ここで3人でサンドウィッチを食べよ♪」


 チェルシーに言われ、俺とルルナは大きく頷いた。


 物語をスタートさせる前に、俺たちはラストダンジョン前で優雅にサンドウィッチを食べたのだった。






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