第4話 平凡なモブ、主人公になる

 心地良い風が湖の澄んだ水面を揺らす──


 トッポ村から歩いてすぐの場所にある《ラカン湖》。

 主人公ルークが『水のフェイタル・リング』を入手する印象深い湖だ。


 この湖はゲームの設定上では、世界で最も美しい湖とされていた。

 だから、実際に自分の目で見ておきたかったのだ。


 画面上からではない、本当の湖を。

 そして、物語の始まりの場所を。


「……さてと、それじゃあ俺の物語をスタートさせるかな! 主人公ルークを探す冒険の旅へと!」


 美しい湖の光景に満足し、《空間転移》を使用しようとした時──


 見慣れぬキャラクターの姿が目に飛び込んできた。


 湖の水をむ聖職者と思しき若い女性。


 俺が見つめていると、自動的にキャラクター情報が視界に表示された。



【 名前 】設定なし

【 種族 】人間

【 Lv 】1

【 職業 】聖女見習い

【能力値】物理攻撃力 5

     魔法攻撃力10

     物理防御力 5

     魔法防御力10

【 装備 】聖女の服

【 特記 】

 トッポ村の教会にいるセーブ係。

 50クレジットで聖水を販売してくれる。



 おお! 凄いな、こんな情報まで見られるのか!


 この情報で、目の前の聖女様のことを思い出したぞ。


 彼女は初期村の手動セーブ担当だ。

 基本オートセーブだが、手動でセーブする際に利用するキャラクター。



 ──いわゆるモブだ。名前も付けられていない。



 今は聖水づくりの最中なのだろう。この世界では実際に生活している光景が見られて、なんだか不思議な気分だ。


 モブキャラと言えど、この世界では普通に暮らしているということなのだ。


 世界の仕組みの一端に触れられた気がする。


 俺が感慨に浸っていると、


「キャアアアア! だ、だれか! 助けてくださいっ!」


 モブ聖女様が突然大声を発した。


 慌てて聖女様を見ると、なんと彼女は湖から飛び出してきた魚類モンスターに襲われそうになっていた。


 俺は瞬時にモンスターに向けて掌をかざす。


「《混沌のカオティック・終劇フィナーレ》!」


 掌から放出されたエネルギー波はモンスターを一瞬で貫く。


 そして──


 その衝撃波の影響で湖の水も一気に吹き飛んでしまった。


 ……というか、湖自体が無くなってしまっていた。


 聖女様を助けるのに必死で、周りのことに頭が回らなかった……。


「あ、あ……ありがとうございますっ! おかげで助かりました! 本当にありがとうございましたっ!」


 聖女様は湖が破壊されたことには触れず、俺に深々と頭を下げてきた。


「いえいえ……それよりも、すみません。大切な湖をこんな風にしてしまって……」


「?」


 罪悪感に襲われる俺とは対照的に、聖女様は不思議そうに首を傾げている。


 直後──


 何事も無かったかのように、湖に水が戻る。


 そして、一瞬にして、俺が攻撃スキルを使用する前の状態に戻った。


「こ、これは……いったい!?」


 俺が驚愕していると、今度は遠くの方から釣り竿を持った男性が走ってきた。


「おーい! 大丈夫だったか!?」


 おいおいおいおいおい!? ま、まさか!?


 俺の前にやってきた短髪の若い男性。


 一見するとモブのようにも見えるが……。


 彼は主人公のルークだ! 間違いない!

 9000時間操作した俺が主人公ルークを見間違うはずがない!



 ゲームの冒頭──


 主人公ルークが、尻尾に水色のリングが挟まっている魚を釣り上げる。

 《水のフェイタル・リング》を入手したルークは運命に導かれるようにして、残りのフェイタル・リングを探す旅に出る。


 ……というオープニング。


 この場面が、そのオープニングなんじゃないか!?



「はい、私は大丈夫です! こちらの御方に助けて頂きまして…………おや? この指輪は何でしょう?」


 モブ聖女様は落ちていた水色のリングを手に取り、呟いた。


 その直後、俺の視界に再び『!』マークが点滅し、キャラクター情報が自動で表示された。



【 名前 】ルルナ

【 種族 】人間

【 Lv 】1

【 職業 】聖職者

【能力値】物理攻撃力 5

     魔法攻撃力10

     物理防御力 5

     魔法防御力10

【 装備 】聖女の服

【 特記 】

 《フェイタル・リング》の

 水のフェイタル・リングを手にしたことで、運命の導き手となる。



 ……………………はぁ!?


 え!? ちょっと待って!? 何が起きた!?


 この聖女様、さっきまで名前の無いモブだったじゃん!


「モブが主人公になっちゃったんだけどおおお!?」


 悲痛な叫び声が、世界一美しい湖に響き渡った。






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