第103話 とても良い人たちです


 釈放の翌日。

 俺はジョニーさんたちに呼ばれてサンタニアにある大衆バー『ブレイブバード』に来ていた。

 このお店はジョニーさんたちのチーム『ブレイバーズ』で運営しているお店らしい。


「"あの~、ジョニーさん。俺はまだ未成年なのでお酒は……"」


「"安心しろよ! 俺たちもこの後全員でツーリングに行くからな、酒は飲まねぇんだ。飲酒運転になっちまうからな"」


 全員がグラスに注いでいるのもビールではなくクラフトコーラだった。


 このお店では色んな種類のコーラが飲めるので、俺も見たことのない透明なコーラを飲む。


「"……! 凄く美味しい! お店開けますよこれ!"」


「"あっはっはっ! 開いてるんだよ馬鹿野郎!"」


「"こんなに美味しい水を飲んだのは初めてです!"」


「"透明だけど水じゃねーって!"」


 俺の出所祝いに花束を渡されて乾杯を済ませると、いつものように俺はみなさんと冗談を言い合った。


「"みなさん、見た目が怖いのに本当に良い人たちですよね。ジョニーさんなんて、病院で初めて声をかけられた時は『ここが病院で良かった。殴られてもすぐに治療してもらえる』って思っちゃいました"」


 俺の軽口に仲間たちもドッと笑う。


「"俺たちはサンタニア郊外にある同じ孤児院の出身なんだ。そこは治安が悪くてよ、こうして突っ張ってないと悪い大人たちに騙されちまうからな"」


「"そうそう、それに俺たちは血がつながってなくてもファミリーなんだ。悪いことは絶対にしない、ファミリーも同じ目で見られちまうからな"」


「"だから、この前の高速道路を爆走したのだって初めてだったんだぜ? あの子を救う為に刑務所入ったお前に比べると小さいもんだけどな"」


 そう言ってみなさんは笑い話にしてくれた。

 でも、これに甘えるわけにはいかない。


 俺はグラスを置いて席を立ちあがると深々と頭を下げた。


「"みなさん、巻き込んでしまって本当にすみませんでした"」


 すると、皆さんは笑いながら俺に地元の新聞を見せてきた。

 日付は1月3日、あの事件から2日後の朝刊である。


 そこには『我らがブレイバーズがまたやった! 人命救助の為に道路を爆走!』という見出し。


「"あの事件で俺たちのチームはさらに有名になってな"」


「"今じゃ地元のヒーローだぜ!"」


「"ローカル番組でも特集されてよ、孤児院への寄付を募ったら施設の改修工事ができるくらいに貯まっちまった!"」


「"それに、リリアちゃんが元気な姿を見せに来てくれたしな! 報酬としてはそれで十分すぎるくらいだぜ!"」


「"みなさん……!"」


 俺は思わず男泣きをしそうになると、突然一人の女性がバーの扉を開いて入ってきた。


 思わず、全員の視線が集まる。

 顔に大きな傷跡のある女性だったが、息を飲むほどに美しかったから。


 そんな彼女は淡々と言い放つ。


「"――お前たちは危険運転行為によりしばらくの免許停止で済んだが、起訴されていたら捕まっていたかもしれない。今回は単に運が良かっただけだ"」


 そう言うと、勝手にカウンターに座る。


「"悪いな、今のお前らの話も立ち聞きさせてもらった。ここに集まっていると聞いて来たんだ"」


「"……誰かの知り合いか?"」

「"いや、知らねぇよ"」

「"じゃあ、部外者か"」


 誰とも面識がない彼女にジョニーさんは語りかける。


「"お姉さん、悪いがここは今日貸し切りだぜ? それとも一緒に楽しんでいくかい? 男クセー空間だがよ"」


 ジョニーさんがそう言って笑うと、その綺麗な女性は鼻で笑って口を開いた。


「"――各員、グラスを下げろ"」


 その言葉にジョニーさんたちはどよめいた。

 迫力のある命令を聞いて何人かは素直に手に持っていたグラスをテーブルに置いてしまう。


 この声、そしてそのセリフは……。


「"お、お前は俺たちを逮捕した時の警察隊の隊長かよっ!"」


「"そうだ、あの時はフェイスガードを着けていたからな。顔を見せるのは初めてだったか"」


「"声から女性だとは思っていたが、こんなべっぴんさんだったのか……"」

「"何しに来たんだ……、まさか!? 俺たちを一斉逮捕しに!?"」

「"や、やっぱりコーラって勝手に作っちゃダメだったんだ!"」


 その女性は俺たち全員の顔を見てから、語り出す。


「"私はサンタニアの現場指導に来ているアメリカ合衆国特殊部隊SWETの第5番隊隊長レベッカだ。1年前のサンタニア銃乱射事件を機にこちらに何度か来ている"」


 彼女の自己紹介を聞いて、『ブレイバーズ』のみなさんはさらにどよめく。


「"SWETの隊長……? 警視長レベルの権力者じゃねぇか!"」


「"なんだ、詳しいな?"」


「"警察については昔よく調べた。子供の頃から好きだったからな"」


「"そうか、話が早い"」


 レベッカさんはそう言うと、カバンから資料を取り出して見ながら話す。


「"『ブレイバーズ』高い法令順守の意識と数年間の継続的なボランティア活動をしているサンタニアのチーマー。ひったくりを捕まえたり、迷子の子供を家に送ったりもしていたな。今回、暴走運転をしていると知った時は耳を疑ったが理由を聞いて納得だ"」


 静かに話を聞いている俺たちを前にレベッカさんは続ける。


「"警察も追いつけないほどの速度で渋滞をかきわけてバイクを走らせる様は見事だった。チームを半分に分けて、片方は会場の警護のために残して混乱を鎮めた連携もな。だが、一般人がやるには度を越えている"」


 そして、ニヤリと笑った。


「"お前たち、警察官にならないか?"」


 レベッカさんがそう言うと、ジョニーさんたちは大きくため息を吐いた。


「"……警察官には憧れるけど無理だ。俺たちは孤児で、貧乏で、ハイスクールも卒業してねぇからよぉ。警察の募集要項は『高校卒業以上』だったはずだ"」


 レベッカさんは不敵な表情で腕を組む。


「"全く、私がなんの為に半年も待たせたと思っている。サンタニアの警察署に新部署を設立する申請を通した。採用条件は『サンタニアの町に精通していて、温かみを持って人々を守れる人材』のみだ。私は学歴採用も見直すべきだと思っている"」


「"……そ、それっていうのは"」


「"今の話も聞いて決心した。お前たちさえよければ、試験的に雇用させるつもりだ"」


 レベッカさんの話を聞いて、『ブレイバーズ』のみなさんは顔を見合わせる。


「"け……警官になれるのか!? オレたちも!?"」


「"といっても、見回り業務が中心だ。町中を走り回って、上司からは下っ端のような扱いを受けることも少なくない"」


「"――そんなの大歓迎だ! いつもやってることだし、大好きな町を見回れるならな!"」

「"俺たち、日雇いじゃなくて正社員になれるのか!?"」

「"しかも、警察官だぜ! 俺、子供の頃から憧れてたんだ!"」


「"おい! お前らこうしちゃいられねぇぞ!"」


 ジョニーさんがそう言うと、仲間の皆さんは力強くうなづく。


「"えっへっへっ、隊長様何を飲まれますか? 肩もお揉みしますよ~"」

「"隊長様、お車で来られたんですか? 良ければ、洗車しておきますよ! カスタムもお任せください!"」

「"靴をお出しください! 俺、子供の頃から磨く仕事してたんでピカピカにしますよ!"」


 ジョニーさんたちが早速媚びへつらい始めると、レベッカさんはドン引きした。


「"な、なんだお前らっ!? いきなり気味の悪い……あぁ、そうだ"」


 そして、レベッカさんは俺を見て近づいてきた。


「"あの雑踏を切り抜ける為の機転、状況や道具を上手く使ったのは見事だった。君はまだ学生だろうから雇用はできないが、逸材だ。もし良かったら私の職場に見学にでも来てくれ"」


 そう言って俺に連絡先が書かれた紙を渡す。


「"おいおい、SWETの職場かよスゲーじゃねぇか!"」


 ジョニーさんは鼻息を荒くして興奮している。


「"隊員は軍隊と同じ訓練もしているからな。君みたいに華奢な体格だとすぐに音を上げてしまうだろうが、体験もできるぞ?"」


「"か、考えておきます……"」


 軍隊と同じ訓練なんて受けたら死んでしまうであろう俺はレベッカさんから目を逸らす。

 すると、レベッカさんは笑い出した。


「"あっはっはっ、なんだ。あんなことをしでかすくらいだからもっと挑戦的な奴かと思っていたが、挑発には乗ってこないんだな"」


「"おいおい、ブラザーが馬鹿にされてるなんて見てられねぇぜ! 俺はブラザーができる奴ってことを知ってるからな!"」


「"ジョニーさん、他人事だと思って!"」


「"そうだ! 今から腕相撲大会しようぜ!"」


「"おぉ! 良いじゃないか! 私は強い男が大好きだぞ!"」


 レベッカさんも皆さんの悪ノリを煽ってしまった。

 意外とノリの良いお姉さんなのかもしれない。


「"よっしゃあ! 隊長様に良いところを見せるぜ!"」

「"おぉ!!"」


 血気盛んな『ブレイバーズ』の皆さんは自慢の筋肉を膨らませてレベッカさんにアピールしている。

 そうして、突如始まった腕相撲大会は……。


「"――つ、強ぇぇ……"」

「"あはは、何だかすみません"」


 俺が簡単に勝たせてもらってしまった。

 今日は俺の出所祝いなので、皆さんが花を持たせてくれたようだ。

 やっぱり優しい方々である。

 みなさん、ややリアクションがオーバーだったけど……。


 レベッカさんが俺に熱視線を送るが、軍隊の訓練には絶対に行きません。


 そんなこんなで、出国前にジョニーさんやその仲間のみなさんと最後の楽しいひと時を過ごせたのだった。


――――――――――――――

【業務連絡】

ジョニーさんたちのことをすっかり忘れていまして……

出国前にアフターストーリーを入れさせていただきました……!

次回から進めていきますので、すみません!


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まだの方はお手数ですが、よろしくお願いいたします<(_ _)>ペコッ

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