第102話 そのリベンジに勝利の花を

 【前書き】

今回でリリア編は終わりになります。

次回からは日本編です!

帰国したら、生まれ変わった山本のスクールライフを書いていきたいと思います!


――――――――――――――


 アメリカ、ワットコール州。

 地方裁判所。


 裁かれる立場である俺は手錠をかけられ、警察官に挟まれたまま裁判長の正面に立たされていた。


 国際テロリストとしての疑いはこれからの調査で晴れていくはずだ。

 何カ月かかるか分からないけど……。


 その前に検察官から起訴されたので今回はその裁判である。


 背後で柏木さんや蓮司さんが見守ってくれているとはいえ、やはり心細い。

 リリアちゃんのご両親も傍聴席にいるので尚更緊張する。


 検察人はそんな俺を一瞥することもなく、裁判長に言い放つ。


「"被告、山本流伽は銃乱射事件の痛ましい記憶もまだ消えない都市サンタニアにて、陸上用のスターターピストルを数発空に向かって放ち、その場の人々を恐怖と混乱に陥らせ、イベントを中止に追い込んだ。人命救助の大義名分があったとはいえ、個人の感情を優先したのだ。当然無罪という訳にはいかぬ"」


 検察人の言葉に裁判長は頷いた。


 しかし、弁護人であるエドワード・カーチェスさんは雄弁に異議を申し立てる。


「"これは単純なトロッコ問題ではない! 彼はあの場で誰も犠牲にならない方法を模索し、悩みぬいた末に自分が捕まる覚悟であの方法を思いついた! 確かに、彼の判断で数名の怪我人が出てしまった。しかし、一つの尊い命を救ったのだ!"」


 最後に机に両手を乗せ、エドワード弁護人は落ち着いた声で裁判長に語りかける。


「"裁判長、想像してください。もし、あの場で呼吸不全で倒れたのが『ご自身の娘』だったなら……"」


 少し間を置いて、エドワード弁護人は裁判長の瞳を真っすぐに見つめる。


「"貴方は命の恩人である彼を裁くことができますか?"」


 裁判長は瞳を閉じた……。


「"――被告人、山本流伽に判決を言い渡します"」


 ◇◇◇


「"エドワードさん、本当にありがとうございました!"」


 裁判が終わり、俺は蓮司さんが雇用してくれた弁護士のエドワードさんにお礼をする。

 すると、エドワードさんは複雑な表情でため息を吐く。


「"判決は禁固6カ月か……。国際テロ容疑となるとアメリカのスクリーニングもかなり厳しい。取り調べと禁固刑が同時に終わるくらいのタイミングかもしれないね"」


「"こんなに短い判決が出たのはエドワードさんの説得のおかげです!"」


「"短くなんてないさ。青春時代の6カ月は長い、特に君みたいなナイスガイにとっては大きな損失さ"」


 エドワードさんはウインクをしながらそんな冗談を言う。


 日本を出る時にアメリカには1年滞在するって聞かされていたので今回の刑期で俺は本当に1年越しに日本に帰ることになりそうだ。


「"……山本君。君に敵は居なかったよ、検察官はあまり君の顔を見なかっただろう? 良心では君の行動を認めているから君の目を見ることができなかったんだ。罪状はあるが君は自分の正義に従った。今後も誇りを持って生きていきなさい"」


「"はい!"」


 最後に俺の心のケアまでしてくれるとエドワードさんは留置所の面会室から出て行った。

 これで留置所の部屋に戻されて、俺はこれからしばらく独りぼっちだ。


(柏木さんたちとは一言も話せなかったな……でもまぁ仕方がないか。半年の辛抱だ)


 俺はまだテロリストの容疑がかかっているので弁護士以外とは、手紙ですら会話することができなかった。


 ◇◇◇


 ――寒かった冬も終わり、春の陽気も本格的に熱を帯びて夏に差し掛かる。

 そんな初夏の季節が今年は人生で一番待ち遠しかった。


 看守さんが俺と共に留置所の扉の前まで歩く。


「"――山本流伽。お前へのテロリスト容疑は晴れた、同時に刑期も満了だ"」

「"お世話になりました"」

「"調査が長くなったのは申し訳なかった。『そんな顔』だとスパイにはうってつけだろうからな"」


 犯罪者顔ということだろうか?

 いや、むしろ目立たない陰キャ顔という意味か……。


 エドワードさんの予想通り、俺の容疑が晴れると同時に刑期も終えた。

 つまり、俺はこの半年間看守さん以外とは誰とも話せなかったわけである。

 いや、尋問されてたからそれでも少し話してたけど。

 英語、忘れてたらどうしよう……。


 俺は深々と頭を下げると、留置所の門の扉を開いてシャバに出る。


 久しぶりの太陽の下で、眩しい光に瞳を細めると……


 ――その声はすぐに聞こえてきた。


「山本! 待っていたわ!」


「――うわぁ!?」


 そこにはリリアちゃんが、しかもとんでもない速度で飛びついて俺を押し倒した。


 色々と困惑し過ぎて俺はパニックだ。


「リ、リリアちゃん!? 大丈夫なの!? 呼吸器機は? っていうか日本語!?」


「こら、リリア! 先に行くな~!」


「待ってくれ……はぁはぁ……全く、リリアが一番元気だな」


 後から遅れて柏木さんと蓮司さんも走ってやってくる。


「蓮司さんと柏木さん! これは一体……」


 二人とも、面食らっている表情の俺を見て笑った。

 そして、リリアちゃんにのしかかられて倒れたままの俺に蓮司さんは手を差し出す。


「流伽君、約束は果たしたよ。リリアはもう大丈夫だ。命を落とす心配はない」


「えぇっ!? 凄いです! 筋繊維衰退症の特効薬を開発したんですね!」


 俺は蓮司さんの手を掴むと、そのまま立たせてもらう。

 リリアちゃんは俺にしがみついたままだ。


「いいや、薬はできなかった。リリアの治療ができたのは柏木君のおかげさ」


「え!? 柏木さん凄いです!」


 俺が尊敬のまなざしを向けると、柏木さんは呆れた表情をした。


「何を馬鹿なことを……遠坂の手腕があってこそだろう。それにキッカケは山本だ」


「確かにその通りだ! 流伽君のおかげということにしておこうかな」


「俺の……?」


 お二人の会話に意味が分からず、俺はリリアちゃんにギュッと抱きしめられたまま説明を聞く。

 リリアちゃんの腕力はちょっと苦しいくらいに力強かった。


「流伽君から採取させてもらった、変質した筋繊維があるだろう? 結論から言うと、アレは肥大症に適応した筋肉だ。その膨大な質量を動かすために、少量でも通常の筋繊維の何倍もの働きをしてくれる」


 蓮司さんの説明に、柏木さんが補足をするように説明してくれた。


「多くの筋繊維を移植するとリリアの身体に拒否反応が出て上手くいかない。山本の身体から見つかった筋繊維であれば移植は少量で済むから拒否反応は出ないということだ」


「あぁ。だが、流伽君から採取していたのはごく一部。リリアの身体に必要な……特に重要な内臓などの筋繊維が足りない」


「そ、それでどうしたんですかっ?」


「今まで、私の治験を受けてリタイアした奴らがいただろう? 山本みたいに全身ではないが彼らもこの筋繊維を多少なりとも持っている」


「それで、柏木君は全ての過去の被験者と連絡を取って、頭を下げたんだ。『どうか、筋繊維のドナーをして欲しい』ってね」


「……怒鳴られて追い返されると思っていたよ。治験のトレーニングは厳しいだろう? 私に暴言を吐いてやめた者がほとんどだったからな。私は嫌われていると思っていた」


「ど、どうだったんですか?」


 俺の質問に柏木さんは薄っすらと笑みを浮かべて答えた。


「逆に頭を下げられた。感謝されたんだ。山本ほどではないが彼らも多少は痩せることができた。そうして、普通の生活を送れるようになった者も多かったんだ」


 蓮司さんは得意げに補足する。


「彼らはずっと後悔していたのさ、柏木君に酷い態度を取っていたことをね。柏木君の厳しさは患者の治療をするための優しさだったということに気が付いたんだ。『恩返しができるなら!』とみな積極的に協力してくれたよ」


「凄い! 柏木さんが熱心に患者さんたちと向き合ってきたからですね!」


 柏木さんの献身が認められ、報われたことが嬉しくて俺は思わず涙ぐんでしまった。


 柏木さんは恥ずかしそうに頬をかく。


「……まぁ、そうかもしれないな。とにかく、そうして集まった全身分の筋繊維を蓮司の手術でリリアの全身に移植したんだが――」


「山本も無事で良かったわ! えっと、刑務所から出た時の日本語は『兄貴、お勤めご苦労様です!』だったかしら!」


 リリアちゃんは俺と会えたことにはしゃいでぴょんぴょんとジャンプする。

 1m以上跳んでますけど……。


 柏木さんはリリアちゃんを見てため息を吐いた。


「この筋繊維が思った以上に強力でな。身体の軽さも相まってご覧のとおり、リリアはバスケットでダンクも決められる小学6年生になってしまった」


「あはは……俺も押し倒された時に驚きました。凄い力だったので」


「まぁ、貧弱なよりは良いだろう? これでリリアの本来の筋肉が弱っても問題はないはずだ。筋繊維衰退病は肥大症の患者の協力と手術の腕があれば治せることが分かった。医学の勝利だ」


 蓮司さんはそう言って笑う。


「リリアちゃんの日本語はどうやって?」


「それは本人の頑張りだ。どうしてもお前に伝えたいことがあるからと頑張っていたよ」


「伝えたいこと……?」


 柏木さんがおぜん立てをすると、リリアちゃんは少し気恥ずかしそうに俺の前に立った。

 そして、深呼吸して口を開く。


「山本、あんたはこんな私なんかと仲良くしてくれた、いっぱい我儘を聞いてくれた、大切なことも教えてくれたし、私の為にいつも色々してくれた……」


 ゆっくりと、しかし上手にリリアちゃんは話す。


「山本は私と話をするために沢山頑張ってくれたわ、だから私も山本の国の言葉で話せるようにいっぱい頑張ったの」


 リリアちゃんは頬を真っ赤に染めながら想いを口にしてくれた。


「――『ありがとう』って言いたくて」


「リリアちゃん……! こちらこそありがとう!」


 俺が感極まってリリアちゃんを抱きしめると、リリアちゃんは顔を真っ赤にした。


「ちょっと! 何抱き着いてるのよ! ロリコン! 変態!」


「えぇ!? そっちからは抱き着いてきたのに!?」


「山本……ロリコンは難病だ。引き続き、私と日本で治療だな」


「だからロリコンじゃないですって~!」


「そうだ、流伽君。千絵理が君からの連絡がないと拗ねていたから。帰ったらちゃんと謝るんだぞ?」


「あぁ! そうだ、俺は半年間も音信不通でしたから日本のみんなはきっと怒ってます……」


「まさか刑務所に入ってたなんて言えないからな。上手く誤魔化せると良いんだが」


「前科も付いちゃいましたね……就職、大丈夫かなぁ」


「私が養うからお前は心配するな」


「これ以上、柏木さんの人生を滅茶苦茶にしたくないですよ!」


 そんな話をすると、みんなで笑い合った。


「……ずいぶんと待たせた。これで君のリベンジは果たしたよ」


 そう呟いて、蓮司さんは綺麗に澄み渡った青空を遠く見つめていた。


 ◇◇◇


 ――サウスビーデン病院。


 遠坂蓮司の研究室の開かれた窓から見える病院の庭には、白くて綺麗な墓標が建っている。


 『遠坂理子』


 そう書かれた墓石の前には一輪の小さなリリアの花が添えられていた。


――――――――――――――

【業務連絡】

これにてリリアちゃん編は終了になります!


☆評価を入れてくださった皆様

感想で励ましてくださった皆様

作品や作者のフォローをしてくださった皆様

ギフトを送ってくださったサポーターの皆様


本当にありがとうございます!

リリアの花が咲く季節は6月、そして山本が出国をした月でもあります!


ようやく、日本に帰って本編が始まりますね!

ここからは生まれ変わった主人公の爽快な話を書いていきたいので、

『期待してる!』という方、まだ☆評価をお入れでない方は入れていただけますと

続きを書く原動力になります!


何卒、応援よろしくお願いいたします!<(_ _)>ペコッ

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