第53話 おまけ話②

 

 柏木百合、16歳。


 彼女は幼い頃に出会った大切な人を救う為に、あらゆる問題を人並ならぬ努力で突破してきた。


 中学から大学までを飛び級で合格し、医薬品開発者になり、医師の免許も取り、新薬を開発して見事にその大切な人を助けることができた。  


 ――そんな彼女が今、大学病院の女子トイレで人生最大の難問にぶつかっていた。


(よし……こんな感じか!?)


 意を決した柏木が洗面台の鏡を見ると、そこには子供にラクガキでもされたような顔の天才少女が映っていた。


「ギャー!!」


 そして、今しがた女子トイレに入った白衣を着た女性がそれを見て腰を抜かす。


「"な、なによあんた! 今までしてきた意地悪のお返しのつもり!?"」


「"……意地悪? エリザはいつも私のことを助けてくれるじゃないか。それよりもどうだ? 綺麗か?"」


 柏木はその彼女――同僚のエリザのそばに近寄って尋ねた。


「"ひぃぃ!? く、口裂け女ね! ジャパニーズホラーの! ぜ、全然怖くなんてないんだからっ!"」


 顔を近づけるも、エリザが自分を見て半泣きになって震えている様子に柏木は首をひねる。


「"ふむ……これじゃダメなのか……"」


「"と、というか何してるのよ! ハロウィンにはまだ早いわよ!?"」


 ようやく落ち着きを取り戻し始めたエリザに手を貸しながら、柏木は自分の顔を汚していた理由を呟く。


「"綺麗になりたいんだ"」


「"……は? アンタがそれを言うの? どんな嫌味よ……というか、本当に上手く化粧してるつもりだったのっ!?"」


 エリザは何とか立ち上がり、酷い化粧を施した柏木の顔を見る。

 アメリカ人のエリザから見ても柏木の整った顔は稀代の美少女と言う他なかった。


「"初めてにしては頑張ったと思うんだが……"」


 柏木は納得がいかないようにもう一度自分の酷く汚した顔を鏡で見る。


「"初めて!? 今まで化粧とかしてこなかったの!? あんた、たしか16歳よね!? うら若き乙女が信じられないわ!"」


「"私は勉強と研究しかしてこなかったからな"」


 エリザは呆れながらハンドバッグから化粧落としを取り出し、柏木の顔から化粧を落としていく。


「"あんた、今まで一心不乱に肥大症の研究をしてたわよね。それがどうしていきなりお化粧なんて始めたわけ? 好きな男でもできた? それとも、上手くいかなくて自暴自棄になっちゃったの?"」


「"あぁ、正直そうなりかけていたんだがな。実は治験が上手くいったんだ。肥大症は治せる病気になった"」


「"えぇっ!? 凄いじゃない! あんなに無茶なトレーニングを完了させた患者が居たの!? 表彰モノよ! じゃあ、アンタが言ってた子供の頃の恩人も治療できるじゃない!"」


 エリザは自分の事のように喜んだ後、コホンと咳ばらいをして落ち着いた。

 頬は赤く染まったままだ。


 柏木は話を続ける。


「"実はその彼に会うことが出来てな。しかも、初めて治験を成功させたのは他ならぬその彼――山本だ"」


「"えぇ!? ほ、本当に!? なんてロマンチックなのっ!?"」


 エリザは自分の頬に両手を添えてキャーキャーと騒ぐ。

 そんな自分の姿を鏡で見てしまい、またゴホンと咳ばらいをして落ち着いた。


 化粧を落としてもらいながら、柏木は眉を下げる。


「"だがしかし……私は治療中に山本がその恩人だと気が付くことができなくてな。治験を完了させるために散々な無茶をさせた。彼に会うまで失敗続きで自暴自棄になりかけていた私は言葉遣いも態度も悪かったし……"」


「"あ~、まぁ仕方がないことだと思うわ。私だったら絶対に心が折れてるもの"」


 化粧をすっかり落としてもらった柏木は独白するように呟く。


「"その……私は山本に嫌われてもかまわないと思っていた。彼の病気が治るなら、別にそれで良いと。だが、いざ目の前にしてしまうと……嫌われるのが凄く怖いんだ"」


 弱気な柏木の様子をみて、エリザは何も言わずに話を聞いた。


「"山本は凄く素敵でな。まるで絵本の世界からそのまま飛び出してきたヒーローみたいなんだ。私なんかじゃ到底釣り合わない。だから、化粧をして少しでも隣に居て恥ずかしくないようにしたいんだ"」


 エリザは呆れ返ったように長ーいため息を吐いて、柏木と向かい合う。

 そして、おでこを指ではじいた。


「"あのね、あんたは今恋をしているのよ。そりゃーそんなロマンチックなことがあったら山本って奴がどんなに不細工でも世界一カッコ良く見えちゃうわ"」


 エリザは柏木の白衣の胸ポケットから勝手にシガレットを取り、咥えて助言を続ける。


「"でもね、実際はあんたの方が可愛いわ。なのに化粧までしてさらに可愛くなったら山本って奴は逆にあんたに手を出せなくなる。釣り合わないだなんて思うのは向こうの方よ"」


「"そ、そうなのか……? でも山本は本当に凄くカッコいいぞ? いや、可愛い感じでもあるんだが、たまにチラリと見えるおでこの古傷がまたワイルドでドキッとして――"」


 何時間でも語ってきそうな柏木の口にもラムネを咥えさせてエリザは黙らせた。


「"あ~はいはい。あんたは今まで男に全く興味がなくて、そんなあんたが初めて男性として見た相手でしょ? たかが知れてるわ、もちろんあんたが大好きになる分には応援するけどね"」


「"そ、そうか……確かにそう考えると私が過大評価しているだけの可能性もあるな……"」


「"そうよ、今度私に紹介してみなさい。あんたが上手くいくように手伝ってあげるから"」


 エリザは仕方がなさそうに言いつつ、ニコニコと笑う。


「"さて、それじゃあ! 女の子らしくないあんたの初めての恋だもの。化粧はする必要ないけれど、山本って奴に幻滅されないよう女性として色々と準備する必要があるわね!"」


「"それなら任せろ! 化粧以外はバッチリだぞ!"」


 エリザの言葉に、柏木はなにやら自信満々にスカートをたくし上げた。


「"ほら、勝負下着だ! こういうのが必要なんだろう? 昨日、凄く可愛いのを買ってきたんだ!"」


「"気が早すぎるわよっ! というか、クマさんパンツ!? あんたってもしかして美的センスが小学生のままなのかしら……"」


 前途多難な柏木の様子にエリザはため息を吐いた。


 ――――――――――――――

【業務連絡】

また、おまけ話ですみません……!

山本が生まれ変わって、翌日の朝の柏木さんのお話でした!

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