第49話 山本の真の実力
――パァン!
銃声が鳴る。
いや、陸上のスターターピストルを銃声と言って良いのか分からないけど。
俺が走り出す瞬間にはすでに横並びの選手たちの背中が見えていた、つまりだいぶ出遅れている。
とはいえ、試合を諦めようとは微塵も思わなかった。
少しでも追いつこうと俺は右足から思い切り地面を蹴とばす――
すると、5歩走った頃にはもうすでに俺の視界から選手たちは消えていた。
◇◇◇
俺はなんと、そのまま一着でゴールすることができた。
人生で初めての一着……運動会でいつもビリだった俺に見せてやりたい。
直後にゴールラインを切った他の選手たちは荒い呼吸をしながらうなだれる。
コーチと思われる男性は大口を開いたまま目を見開いて固まっていた。
柏木さんは満面の笑みで俺に駆け寄ってラムネシガレットを渡してきた。
「やったな山本! ほら、ご褒美だ!」
「あはは、犬じゃないんですから」
とか言いつつ、しっかりとラムネシガレットをいただいて口に咥える。
もう犬でいいです、柏木さんの犬になりたい。
選手たちは息が整わないまま、怒りの形相でそんな俺と柏木さんに詰め寄ってきた。
「"ふざけんな! てめぇらやりやがったな!"」
「"明らかなドーピングだ!」
「"そのタバコみたいな白い棒も怪しいぞ!"」
「"これはただのラムネ菓子だ。お前らも負けたんだから食え"」
「負けても食わされるのか……」
俺がラムネシガレット過激派の怖さを甘味と共に味わっていると、柏木さんはやれやれといった様子でため息を吐きながら首を振る。
「"そもそも、山本は走る前にずっとお前たちの前に居ただろう? ドーピングなんてする暇はなかった"」
「"じゃ、じゃあシューズの方だ! 反則になるドーピングシューズを使っている!"」
「……え?」
指摘され、俺は心の中で冷や汗を流す。
「"そのとおりだ! こいつの靴は運動靴にしては異常に底が厚い!"」
「"バネが入っているに違いない! 見せろ! 隠すな!"」
俺が自分の靴を隠そうとする態度を見て周囲はヒートアップする。
流石に隠し切れないと観念した俺は自分の靴を見せた。
ABDマートのセールで買った激安スニーカーを。
「"えっと、すみません。こんなモノを履いて走ってしまって……"」
「"お前、普通のスニーカーで走っていたのか? 流石にそれはダメだぞ。怪我したらどうする"」
やっぱり柏木さんに叱られた。
選手たちは言葉を失って顔を見合わせる。
「"ス、スニーカー? ちゃんとした運動靴ですらないのか……?"」
「"違うんですよ、本当に履き替えるつもりだったんですが走り終わった後に気が付いて……。俺もクラウチングスタートだったら足をハメる時に気が付いてたんですけど……あはは"」
軽く冗談交じりに言い訳をするが、誰も目が笑っていない。
神聖な陸上競技を侮辱してしまい、本当に申し訳ございません……。
選手たちは俺からシューズを奪い、自分たちで履いて確かめ始めた。
全く信じられないかのように何度も何度も確認する。
果てはシューズを側面から踏みつぶして破壊し、中身も確認された。
「"ほ、本当にただのスニーカーだ……信じられん"」
いや、俺の靴を壊された方が信じられないんですけど。
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