第16話 久しぶりの外食

「稲本さんと、仕事が終わってから、一緒に食事が出来るなんて、嬉しいな~!」


 まだお酒が入っていないのに、既に入っているかのようなテンションになり、有頂天でいる店長。

 その店長とは対照的に、浮かない気持ちのままだったが、一応、表面上は営業用スマイルを浮かべて一緒に歩いている小夜美。


「稲本さんは、帰宅してから、何か料理とか作って食べたりするの?」


「自炊は、あまり......休日くらいしか作らないです。仕事帰りは、お腹が空いていて早く食べたいので、コンビニで買って帰る事が多いです」


 マメに料理する女らしさのアピールは、店長には必要無いと思い、期待されないように返答した。


「そうか~、いや~、分かるよ! ホントに一日中立ち仕事で、ヘトヘトに疲れるからね。お腹空いてるし、自炊する時間も惜しいからね」


 このように理解が有るような感じでいながら、店長がバツイチという事は......

 家では、別の仮面が有るって事だろうか?

 ......と、ふと考えた小夜美。


 店は、ガッツリと食べたい事を小夜美がリクエストすると、職場からさほど離れていない位置に有る中華料理店に決まった。   

 飲み物は、ウーロン茶にして、小籠包、エビチリ、麻婆豆腐、油淋鶏を注文すると、空いている時間で、次々に運ばれてきた。


「サイコーに、美味しいですね~!!」


 久しぶりの外食が、大好きな中華という事で、空きっ腹状態にガツガツと食べ出し、店長を圧倒させた小夜美。


「すごい勢いで食べるね~! 料理は、逃げてかないから、ゆっくり食べていいのに!」


「え~っ、このアツアツで出されたのを、舌が火傷しないように、気を付けながら食べるのが美味しいんですよ~!」


 店長にそう力説しつつ、つくづく、自分は色気より食い気だと自覚する小夜美。


「あはは......確かに、そうかも知れないけど。出来れば、食べながら、会話とか楽しめたらいいかと......」


「でも、そうすると、せっかくの美味しい料理が冷めちゃって、美味しさ半減なんです!」


 店長が引いているのを気にも留めずに、ひたすら食べ続ける小夜美。

 ふと、この様子をロカがモニタリングしている事を思い出したが、これくらいは自分の中では許容範囲と割り切り、久しぶりの中華料理の外食を満喫していた。


「あの......店長は、もしかして、中華料理が苦手でしたか?」


 自分ばかり箸が進んでいる事に気付き、さすがに恐縮して、ふと尋ねた小夜美。


「そんな事はないけど、なんか、稲本さんの食べっぷりに、すっかり圧倒されてしまって......」


「店長、誘った相手を間違ったと思ってますよね? こんな色気より食い気人間だから、嫁の貰い手が無いんだとかって目で見られていますか?」


 自分に向けられた店長の表情と話し方から、自分に対する気持ちを見抜いた小夜美。


「いや~、そこまでは思っていないよ~。あっ、稲本さん、良かったら、これも食べてくれて構わないよ」


 店長の分まで、せいろに入った小籠包を小夜美に差し出して来た。


「小籠包、これ大好物なんです~! でも、冷めちゃうと、別物みたいに興醒めなんですよね! 店長は食べなくてもよろしいんですね? では、遠慮無く温かいうちに頂きますね~!」


 せいろに3個入っていた小籠包を3個とも食べられて、大満足の小夜美。


「その食いっぷりには驚かされたけど、注文した物を残されるよりはずっと良かった! 稲本さん、最近、めっきり元気がなかったり、今日のように妙にテンション高めだったりで、何となく不安定だったから、心配していたんだ。だけど、これだけモリモリ食べられるなら、大丈夫そうだね~!」


 店長にそう言われて、自分の日頃の仕事の様子で、気に留めてくれている人がいてくれるのだと分かり、嬉しくなった小夜美。


「店長、心配して下さっていたのですね! ありがとうございます! それにしても、私のような若輩者が言うのもなんですが、なんか、生きていると色々ありますよね~」


「まあ、人間として生きている以上、多かれ少なかれ悩みは付き物だからね。けど、もしも話した事で解決出来そうな感じの悩みとか有ったら、僕でよければ聞くから、いつでも相談してくれよ!」


「あっ、はい、ありがとうございます! おかげさまで、美味しい物を食べたら、悩みなんて、少し吹っ飛びました~! ありがとうございます!」


(確かに、普通の悩みとかだったら、誰かに相談乗ってもらえると、気持ち的にラクになるのかも知れないけど......私の場合は、別だよね......こんな状況、自分でも理解不可能だから、他人に上手く伝えられる自信無いし。宇宙人が相手だから、地球人の智慧を絞っても、解決出来そうにないし......)


 小夜美は満腹になるまで、お皿の上の物をひとつ残らず中華料理を楽しんだ。

 それらの会計は全て、店長が支払い、申し訳なさそうに、頭を下げてお礼を伝えた小夜美。

 その後は、家が別方向の2人は、中華料理店の前で別れて、それぞれ歩き出した。

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