第14話 感情移入

 頬を伝う涙が、シーツにポトリと落ちた瞬間に目覚めた小夜美。


(......何なの......? 今のは、夢......なの?)


 夢から覚めた小夜美は、夢の余韻で、尚も涙が溢れて来るのを抑えられず、取り敢えず、心で『off』と叫んだ。


(あの夢は......昨日の昼間に一瞬だけ見せられた映像の世界観と同じ......多分、あれは、地球に来る前、私が生きていたと思われる過去世。今の私からは、到底信じられないけど、あの星での私は、王女だった! しかも、ワケ有りの王女! 隣国の老齢の王と政略結婚させられる宿命で生まれたサーミ王女......あの時、近衛兵のロカと出会う前までは、彼女は何の疑問も抱く事無く、運命に従うつもりでいた......)


 身支度を整えながら、夢の内容を思い巡らしていると、『off』時間の5分が切れているような気がして、もう1度、心の中で叫んだ。


(あの時、窓の外に、リボンが飛んで行かなかったら......城外に出なかったら、私は何も知らない操り人形のまま、政略結婚させられていたんだ。毎日、う~んと着飾って、美味しい料理を作ってもらって贅沢三昧して、待望の世継ぎを生んで、民を従えて、外の世界の事は何も気付けないまま、ずっと幸せに暮らせていられたのかも知れない。でも、気付いてしまった! 外の世界を知ってしまった! その時から、180度、変わってしまった! ロカと出会って、外の世界の素晴らしさ知って、今までどれほど窮屈な世界に閉じ込められていたのか知ってからは、元の生活に戻るのが苦痛に感じるようになってしまった......)


 いつも通りの朝食を前にした。

 ご飯に納豆をかけて、掻き込むように食べながらも、頭の中は夢の内容でいっぱいになっている小夜美。


(あっ、『off』! これで私、今日、何回オフ機能使った? もういい加減にしないと、トイレとかお風呂とか、本当に必要な時に使えなくなってしまう! あの時、リボンを追いかける事無く、家臣達に新しいリボンを調達してもらっていたら、どうなっていたんだろう? 私、今、ここで、毎朝、納豆生活なんかしてなかったんだよね? いつだって、専属の料理人が飛びっきりのご馳走作って、給仕してくれたりの上げ膳据え膳の生活をしていたかも知れなかったんだ......なんか、たったひとつの気の迷いで、こんなにもその先の人生がガラッと変わるなんて、リボンを取りに行く時には、まさかそんな事が有るなんて思わなかったんでしょうね......)


 溜め息交じりになり、食事が進まない様子の小夜美。


(あの夢の続きは......? 気になるけど、今、私がこうして、地球人として生きているという事は、ロカと一緒に逃げ延びる事が出来なかったという、何よりの証明なんだよね......? もういい......だって、続き見るのは、辛過ぎるから!)


 その時の過去世ばかりに気を囚われていると、ふと意識が飛んだ瞬間に、また新たなるビジョンとして見せられそうで、しっかりと気持ちを保とうと心した小夜美。


 夢見の余韻のせいで、いつもよりボケッとしていて、朝の満員列車では、出口付近を陣取る事が出来なかった小夜美。

 停車駅で人波を掻き分けているうちに、電車の扉が閉まり、そのまま次の停車駅まで乗り過ごしてしまっていた。


(遅刻確定か.....。あ~ん、もう、何もかも、イヤになって来る!! あのとてつもなく苦しかった状態から、この生活に復帰する事が出来て、すごく幸せな気持ちをせっかく実感出来ていたのに......もう既に、元の面倒くさくて惰性のような気持ちに戻ってしまっている! ......私、何やっているんだろう?)


 次の駅で降りて、一駅分戻る為の反対方向の列車を待っている小夜美。


(仕事行かないでおこうかな~? 別の電車に乗って、このままどこかにフラッと旅したくなる......旅か、いつから行ってないんだろう? もうずっと毎日、普通の生活に追われる事の繰り返しだけだった。大好きな旅をするお金はもちろん、心の余裕ももう無くなってしまっていた......子供の時に思い描いたような大人の自分からは、どんどん遠ざかっていってしまっている感じ......)


 自分で自分に同情しそうな気持ちにさせられてきた小夜美。

 ふと、そんな小夜美の頭にアンドロメダ星雲に似た、あの母星を取り囲む美しい星雲の映像が思い浮かん出来た。


(あっ、off!! ロカの言う事が本当なら、私は、今まで行っていたような、電車で行けるような近距離の旅なんかじゃなくて、果てしない遥か宇宙の彼方からワープして、この地球にやって来たんだよね......? ほんの近くの旅行に行く事すらも、予算上、ままならない、お一人様街道突っ走っているようなこの私に限って......王女様だとか、隣国の国王と政略結婚だとか、そんな狐につままれたような話なんて、にわかに信じられると思う......?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る