第13話 繋いだ手と手
石畳の街並みを縫うように擦り抜けると、目の前には、草木が青々と茂る草原が広がっていた。
眩し過ぎるくらいの陽光に照らされた老若男女達の陽気な笑い声があちらこちらから溢れ、沢山の小鳥達が耳障りの良い音色で鳴きながら飛び交う様子に感動するサー王女。
「......今まで、知らなかった! まさか、外の世界がこんな風だったなんて! 外には、鳥達がこんなにも色んな種類がいたのね! それが、こんなにも楽しそうに、可愛らしい声で鳴きながら飛び回っている! 色とりどりの植物がこんなにも沢山花を咲かせていて、蝶々達が、争う様子などなく、その花々の甘そうな蜜を求めている! お城の中とは違って、外には、こんなにも色んな年齢の人達がいるものだったのね!!」
立ち止まって、360度眺め回すサーミ王女。
「ここで、のんびり観光していては危険です!」
近衛兵に言われ、慌てて足を先に進めたサーミ王女。
「お城で飼っている小鳥達をここに連れて来て、自由に飛んで行けるように放してあげられたら良かった......」
「残念ながら、飼われている小鳥達は、いきなり外に放鳥されても、野生には戻れず、死んでしまう事が多いです」
残念そうな様子で近衛兵が言うと、その小鳥の立場が、まるで今の自分のように思えてきたサーミ王女。
「私も、城外に出てしまったら、1人では生きて行けないのでしょうか?」
自分の身を城の小鳥と重ね、不安そうにしているサーミ王女の瞳を見て、気持ちを解してあげたかったが、軽はずみに安心感を与えるような内容では答えられないと思った近衛兵。
「それは、かなり厳しいかも知れないです。相手に、あなたが王女様と気付かれた場合も、そうでなくどこかで生き延びていられた場合も......」
「ですが、私は、お城に戻って、今さら何も知らなかった事にして、あの王の元へ嫁ぐ事だけはもう出来ません.....」
サーミ王女の表情に、今までずっと何も知らずに居続けた事の悔しさと、これから先の事への不安が入り混じっているのを感じ取った近衛兵。
「何とか見付からず、生き延びるには、まず、衣類を変えなくてはなりません。このように布を被って隠しているつもりでも、見えている部分のドレスの豪華さが目立ってます。それに、そのドレス自体に追跡装置が付着している可能性もあるので、庶民の女性が着ているような衣類を調達する事です」
「あなたの言う通りと思います。それで、その庶民用の洋服屋さんは、どちらに有りますか?」
「今、あなたが洋服屋に行くのは、そこを訪れた痕跡を残す事になります」
その衣類のまま、近衛兵とサーミ王女は、獣道のような人がやっと1人通れるくらいの草木の生い茂った細い道を選び、先を急いだ。
歩き慣れない足場の悪い道で、近衛兵の速度に必死で追い付こうとしていたサーミ王女だったが、長いドレスの裾を靴で踏み転倒した。
「大丈夫ですか?」
腰を起すのを手伝おうと、片手を差し出して来た近衛兵に、どう対応すると良いのか戸惑いつつも、その手に右手を重ねたサーミ王女。
近衛兵の手は、先刻繋いだ時と同じ右手だが、なぜか先刻とは違い、サーミ王女の手を大きく包み込むような安心感が湧き上がるのを感じた。
このように手を繋いだ状態で、いつまでも一緒に、自分が逃げ延びていけたらと、叶わぬ願望を抱くほどまでに。
「大丈夫です、ありがとうございます。目立つ事以外でも、このドレスでは、身をもって不都合なのだという事がよく分かりました」
サーミ王女はドレスに付着した土を、左手で払った。
「私の手は離した方がよろしいですか?」
「......いえ、道が悪くて歩き慣れてないので、こうして手を引いて頂けると助かります」
近衛兵は、サーミ王女の小さく華奢な手が、細かく震えているのを感じた。
今まで何一つ自分の意思など生かされる事の無い見えない鉄格子の中のような場所で何不自由無く、不自由という事すら分からないまま育てられてきたサーミ王女。
初めて彼女が自身の意思で動き出しているというタイミングに、偶然、立ち合ってしまい、その流れで、彼女の逃亡に加担する事となった。
断ろうと思えば、いくらでも断る事も出来たはずだった。
城内の従者達に伝え、王女を定位置に戻す事も可能だったはずが、近衛兵にとって、もっとも苦境に立たされる選択を自ら選んでしまっていた。
もしも、見付かれば、極刑は免れないだろう。
その危険を承知の上で、このサーミ王女を誘導する事を選んだ理由を考えようとした。
近衛兵には、愛し合っている
将来を共に歩もうとしている相手がいながらも、サーミ王女に協力しようとしたのは、もちろん恋愛感情からではない。
間もなく、隣国の老齢の国王に嫁ぐ予定のサーミ王女を初めて目の当たりにした近衛兵の忠誠心は揺らいだ。
恋がどういう感情なのかも分からないままの状態で、それすら当然の如く、国家間の平安の為だけに、生まれた時からただの道具として扱われているサーミ王女への同情からだった。
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