第11話 切ない記憶
その夜、小夜美が見た夢やその後の記憶は、今までの夢のように断片的に残っいるものではなかった。
しかも、昼間に一瞬繰り広げられたと映像と同様の世界観で、続きというよりは、その過去に遡ったようなシチュエーションだった。
その国ではずっと待ち望まれていた、隣国の王に嫁がせる王女がやっと生まれた。
王女の名前は、サーミ。
彼女が初潮を迎える頃には、嫁ぎ先である隣国の王は、既に初老になっていた。
その年齢の相手に対し、サーミ王女が違和感を抱かぬよう、王女が接する周りの人々を全て年配者のみで固めておいた。
王女自身、隣国の王に嫁ぐ事に関して、生まれる前から定められていた宿命と認識し、何一つ疑問を抱かず、その祝宴の日を迎えようとしていた。
婚儀が迫ったある日、部屋の窓を開けると、強風でサーミ王女の髪の毛のリボンが解けて飛んで行ってしまった。
リボンがスルリと窓の外に出たのを見て、自分も難無く外に出られるような気がしたサーミ王女。
婚姻前に、1つくらい冒険をしてみたかった。
白いシーツを身に纏い、部屋の外にいた侍女や年配の従者達の目を盗み、初めて門外まで出たサーミ王女。
従者達は、老齢者ばかりで、難無くその目を盗んで到達出来ていた。
ところが、門外まで出ると、事情は変わっていた。
門を守っていた近衛兵の1人が、今まで、彼女が目にした事の無いような若い男性だった。
老齢者ばかり見て来たサーミ王女が、その近衛兵の容姿に驚きながら、立ち尽くしていると、容易く見付かってしまった。
「あなたは、まさかサーミ王女様ですか?」
会った事も無い男性に、自分の身分が知られているほど、自分が周囲に有名だったと初めて気付かされたサーミ王女。
自分が城内から抜け出した事を知られると、従者達も王族や官僚達に責められるかも知れないと恐れた。
「私は......風で舞い降りてしまったリボンを追って来ただけです。この事は誰にも口外しないで下さい」
「承知致しました。帰り道はご存知ですか?」
周囲の目を気にしながら、丁寧に尋ねた近衛兵。
「それは、多分、大丈夫です」
ここまで辿り着いた道筋は、複雑ではなく記憶していたサーミ王女。
「良かったです。私は、門の内側には入る事を禁じられてますので」
近衛兵のような若者達は、婚儀が終わるまでは決して王女の目に触れないよう、門外の警備に配属され、門内の出入りは厳禁とされていた。
「私は知りませんでした。門の外にいる男性達は、今まで私が目にして来た男性達とは全く違い過ぎます! この国には、このような男性達も存在していたのだという事を初めて知り、大変驚きました」
王女の驚きぶりが、近衛兵にも伝わって来た。
「その件につきましては、きっと、王女様が嫁がれるまでは内密のはずです」
隠されてきた事を今、このタイミングで、王女が知って良かったのだろうか?
それを知った王女は、それでも尚、高齢の隣国の王の元に嫁ぐ運命を受け入れるのだろうか?
と、疑問に感じた近衛兵。
「そんな事も何も知らないまま、私は国家間の平安の為の道具として、あの老齢の国王へと嫁がされようとしていたのね......」
サーミ王女は何度か面会した事の有る、隣国の王の沢山の皺が刻まれた厳めしい顔と、王冠の部分の毛髪が無くなり側頭部だけに白髪が残る頭部、湾曲した背骨を支えている頑丈な杖を思い出した。
初潮を迎え次第、王に嫁ぎ、世継ぎを生むのが王女たるものの使命と認識してきたが、若い近衛兵の比べ、それより年端の行かぬ自分の相手が、人生の終焉を迎えそうな老齢者である事に初めて気付き、動揺を隠せなかった。
「もっと早く知っていたら......いいえ、今でもまだ遅くないのかも知れない! 私は、人形でも道具でも無い!! 周囲の利害の為に生まれる前から決められていた用意周到な人生なんて嫌です!!」
サーミ王女は城内での行事も作法も、今まで全く疑問も抱く事無く、国王に言い付けられるままに従って生きて来ていた。
老齢の国王との婚姻に関しても、王女として生まれた責務だと思い、反抗せず、期待する事も無く、ただその時を待っていた。
どんな状況も周囲が用意したシナリオに従う事で、国民が喜び、国が潤うのであれば、サーミ王女は、それこそが、自分の意だと思い込んでいた。
が、城外に踏み出た瞬間から、その今まで当たり前として成り立っていた事が音も無いまま見事に崩れ去るのを実感した。
これほど空が青く澄み渡り、空気が美味しいのに、自分は、そこで呼吸する事すら許されてなかった。
外を歩く人々は、サーミ王女の高齢の許婚と違い、同じくらいの年齢の恋人達が楽しそうに語り合っていた。
あれほど幸せそうな表情を浮かべて。
あんな表情で歩いている人々など、城内にいただろうか?
「私があなたの立場でも、そうかも知れないです。この婚礼に対する疑問を感じさせないように、周りを年配者で固めた城内。外の世界に1歩も出る事無く、本人の気持ちなど一切無視され、政略結婚させられるのですから」
近衛兵が同情から発した言葉が、サーミ王女の心にずっしりと響いた。
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