第10話 垣間見た記憶の断片
突如、溢れ出て来た涙が頬に伝った痕をハンカチで拭いていた時、一瞬、小夜美の頭の中に映像が映し出された。
(えっ、どうして......? こんな事は、初めて.....)
『......今まで、知らなかった! まさか、外の世界がこんな風だったなんて! 外には、鳥達がこんなにも色んな種類がいたのね! それが、こんなにも楽しそうに、可愛らしい声で鳴きながら飛び回っている! 色とりどりの植物がこんなにも沢山花を咲かせていて、蝶々達が、争う様子などなく、その花々の甘そうな蜜を求めている! お城の中とは違って、外には、こんなにも色んな年齢の人達がいるものだったのね!!』
立ち止まって、物珍しそうに声を上げながら、クルリと360度眺め回す10代前半くらいの少女。
『ここで、のんびりと観光しているのは、非常に危険です!』
少女の片手を取って、共に走ろうとする20代くらいの青年。
(何、これ......? もしかして......?)
小夜美が、疑問に感じた途端、その映像は途切れた。
幻を見せられていたかのように、また元通りの見慣れた風景が、目の前に飛び込んできた。
(あの青年は......多分、あの声は、ロカ......?)
小夜美がその映像を読み解こうとしていると、先刻の映像ではなく、今度は、モニター用に埋め込まれた物辺りの脳が反応し、どこからともなく声が届いて来た。
【おめでとうございます! 少し過去が見られるようになりましたね】
その言葉に、ロカがテレパシーを送って来たのだとすぐに気付いた。
その声はやはり、映像の中の青年と同じものだった。
(ちょっと~! そうやって、人の頭の中、勝手に覗かないで! 私の疑問に関してのコメントもいらないから!)
思考を読まれて、イライラした口調で言った小夜美。
【offしてなかったので、これは、モニタリングして良い状態なのだと思っていました】
(あっ、そうだった! その機能を忘れていた! もう~、off、off!!)
offにした後は、安心して想像を巡らせる事が出来るようになった小夜美。
(油断も隙もありゃしない! 何が、おめでとうございますよ~! 完全にバカにされている! ......あの青年がロカだとすると、一緒にいた10代前半くらいの少女が、どう考えても、私の可能性が大なんだよね.....)
先刻の映像を再現させようと思うが、そんな都合の良い能力は小夜美には無い。
何とか映像で見せられた記憶を辿り、細かいところまで思い出そうとした。
(10代前半くらいの女の子は、高価そうな光沢の有る生地のドレス姿.....言っていた内容も、何だかまるで世間知らずの深窓の令嬢って感じだったような......? 今では、こんな貧乏がすっかり板についている私なのに。そんなお金持ちのお嬢様のような過去世も有ったとは、驚き以外の何ものでもない!)
映像で見せられていたロカらしき青年の特徴を思い出そうと試みてみた。
試みてはみたものの、その前まで小夜美が対面していた、グレイ姿をしている時や日本人男性のようなロカの姿が邪魔をしてきて、上手く思い出せず、イライラが尚更募ってくる小夜美。
(あの映像のシーンから、地球に来る以前に、ロカと一緒に行動していたのだけは確かなのかも知れない。だから、あんなされて、こんなされて、よく分からない物体まで頭に埋め込まれているのに、ロカに対しては、不思議とそこまで警戒心が湧かないような......まあ地球人レベルでは、反抗したって、所詮は全く無意味でしょうから、諦めにも似た心境なのかも知れないけど......)
休憩を終え、職場に戻った小夜美。
いつもなら、休憩後の午後からの仕事が長くて退屈に感じられ、なかなか時間が進まないはずだった。
ところが、あのアブダクションのせいか、お昼の外で過ごした時間の余韻からか、それとも、あの少しだけ覗けた自分の過去世の映像のせいか、そんな午後からの時間が、いつもより楽しく思え、時間が長く感じられない小夜美。
(あの時に受けた死にそうな苦痛に比べたら、いつもの過ごし方なんて、本当に天国みたいなものだから! まあ、退屈は退屈で、当然ありきたりではあるけど。こうして、特に苦しむ事など無く、自分が働いて受け取った報酬で、自分の好きな美味しい物を好きな時にたっぷり食べる事も出来る! 家に戻ったら、いつものようにネットサーフィンを楽しみながら、いくらでも暇潰しも出来る! 失って初めて気付かされるというのは、まさにこの事なんだと思う! 私の場合、またこの環境に復活する事が出来たから、本当に良かった~!! これからは、今まで実感出来なかった分まで、幸せさを噛み締めながら過ごさないと、もったいないように思えてくる!!)
今まで味わった事など無かった死をイメージするほどの苦痛な時間を長く味わい、そこから解放された事によって、今までになくポジティブ思考がすんなりと出来るようになった小夜美。
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