第6話 自己レベル

 薬草茶によって、眠りに落ちてはいたが、地球人の眠りの状態の少し手前の状態のようで、身体は動かないが、耳はまだ機能し、周囲の音を拾っている状態の小夜美。


 「すっかり忘れて、別人のようですが、寝顔には面影が有りますね」


 小夜美は目を閉じていて、表情こそ見えなかったが、そう言ったロカの声色は、いつもより柔らかさを感じさせられた。

 持つだけの力がまだ残っていた指から、そっとティーカップが外されたのを、夢うつつのまま感じていた小夜美。


(忘れている......? 私は、何を忘れているの......? 別人......? 面影って......? ロカは、その星での私を知っているという事なの......? ロカとは、これが初対面では無かったってこと......?)


 リクライニングして有った台が、元のように水平になって行った。

 その状態が先刻目覚めた時と同じにも関わらず、その時よりも快適に思えてきた。

 それと同時に、疑問に満たされていた意識がだんだん薄れていく小夜美。


 青く美しい薬草茶の効能は、鎮静と安眠だけではなく、もう1つの大きな効能が有った。それは、夢見に大きく作用していた。


 小夜美の深い眠りの中で、懐かしい思い出が余すこと無く繰り広げられていた。


 幼少期に、朝早起きして、両親と一緒に遊園地へ行き、思いっきり遊んでから宿に泊まった事。

 運動会では活躍は出来なかったけど、久しぶりのお弁当が美味しくて幸せだった事。

 暑い夏の海水浴で溺れかけたけど、それでも楽しく過ごせた事。

 修学旅行で夜は枕投げして、一晩中、友達とコソコソと話していて、寝不足でバスの中では、ガイドさんの話を全く聞かずに爆睡していた事。

 田舎から出て1人暮らししながら専門学校へ通い、たまに友達と飲みに行ったり、友達の家へ泊りに行ったりする楽しい思い出が続いた。


 そして、その後には、今の小夜美の勤務先のドラッグストアが映し出された。

 面と向かって文句を言われたり、延々と続くクレームの電話や、意味不明な要求をされて、困惑しているシーンや、店長や店長代理に叱責された事などが次々に展開され、苦しくなり寝返りを打ちかけた。

 その時、自由に動かせない手足で、拘束されている現状に気付いた小夜美は、パッと目を見開いた。

 

(......私、眠っていたんだ、こんな状況なのに、よく眠れた......この状態、夢から覚めたら、元いたような生活に戻っているかと期待していたのに。やっぱり、アブダクションされた時のままなんだ。おまけに、私、あのお茶に睡眠薬か何か入っていたように、スーッと寝入ってしまっていたんだ......久しぶりに、忙しいくらいの沢山の夢を見た。あの夢、すごく懐かしい気持ちにさせられたけど、最後の勤務先の現状は見たくなかった......)


「あれは、夢というより、強制的に見せられた映像です。あの薬草茶には、過去の思い出を懐古出来る成分も入っていたので、私もまた貴方のこれまでの歩みを一緒に拝見させてもらいました」


 辺りを見回し、ロカが、再び日本人男性風の姿でいるのを確認した。


「あなたね~! 勝手に人の思い出に入り込んで、干渉しないでもらいたい!」


「残念ながらそれは無理です。私には、あなたを連れ戻すという使命が有りますので、あなたが、今もなお、そのレベルのままで留まっている原因を何としても探らねばなりません」


「そのレベルでって、何......? ひょっとして、私のレベルって、そんなに低いの......?」


 夢見の自分を振り返ってみても、そこまでレベルの低かった自覚など無かった小夜美。


「地球人のレベルとしては、ごくごく平均値ですが、パサラミト星人のレベルに当てはめようとしますと、平均の半分にも満たないです」


「平均値の半分以下......!!」


 自分をパサラミト星人として換算した時のあまりレベルの低さに、唖然とする小夜美。


「貴方をパサラミト星に連れ戻すには、せめて平均レベルまで上昇させないと無理なのです」


 ロカの言葉の意味が分からないでも無いが、そのレベルを上げる方法というのを小夜美は皆目つかめなかった。


「そもそもレベルって、何なの? 私の顔とかスタイルとかって事? そんな見た目なんて、お金をかけて整形でもしない限り、そうそう変えられるわけがないじゃない!」


「その点はご安心を。レベルアップに必要な条件は、見た目ではなく、精神性ですから」


容易い事のように言い放ったロカを信じられない目付きで見た小夜美。


「精神性って......? 心の美しさって事でしょう? いやあ、それも無理だわ~!私、ハッキリ言って自己中だし、人間不信気味だし......」


 自嘲気味に言った小夜美。


「けっこう、自己認識出来ているんですね! その調子です!」


 ロカにそう言われても、褒められているようには感じられない小夜美。


「その調子って......」


「これから、貴方には、日常に戻ってもらいますが、私からも監視が出来るように、耳の後ろ側にモニターを埋め込みましょう。大丈夫です、傍目からは見えませんから」


 容易い事のように言ったロカ。


「えっ、私、インプラントまでされてしまうの!!」

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