第2話 経験した事の無い苦しさの中で......

 急で強烈な身体の異変が、頭では全く理解出来ない小夜美。


(この状態がこれ以上続くと、私、明らかに死ぬわ! 私、全然、こんな事なんて、願ったりしてないんだけど......一体、どうなってるの?)


 小夜美は怖いもの見たさで、強い圧の中、何度となく目を開けようとした。

 たちまち強い強風で、粉塵が目に入り、そうなっても、手で目を擦る事すら出来なさそうな気がして、すぐに諦めた。


(私、さっきまで、駅のホームにいたはずだけど......もしかして、誰かに背中から押されて落ちたとか、そんな事にはなってなかったよね? 他に何か、こんな圧に押し潰されて、命の危険を感じさせられるような因果なんて、私に有ったっけ......?)


 小夜美を取り囲む強風と圧と痛みは、収まるどころか、弱まる雰囲気も見せず、先刻からずっと同じ勢いで身体を蝕んでいた。


(死ぬ前に見えるという走馬灯だけど......苦し過ぎて、見えそうにない。そもそも、私に、走馬灯に浮かびそうな良い思い出なんて、そんなに無かった気がする......は~、このよく分からない猛烈な苦しみの中で、私は、果ててしまうような呆気無あっけない人生を選択して生まれて来たのか~。なんか......浮かばれないよね)


 息苦しく、押し潰されるような強圧で、だんだん意識が遠のきそうになる中、走馬灯の代わりに、自分で自らの人生を振り返ろうとした小夜美。 


(無難っていったら、無難そのものなんだけど.......私って、ホントに空虚な生き方、ずっと続けて来たんだ......物心ついた時から、自分は周りとは違う感が強くて......なぜか、異星人と思い込んでいたせいも有るけど......人として生まれて、当たり前に世の中に順応している周りの人々から見ると、自分はずっと浮いている感が有った......だけど、それは自分の中では当然で、それが、かえって心地良かった......)


 周りとは違う感覚で生きて来た自分の人生を振り返り、苦しい中なのに、フッと笑みがこぼれる小夜美。


(友達が普通に恋をして、結婚して、育児という典型的な女の一生を歩んでいるのを見続けても、取り残された感なんて無かった。自分は、周りの地球人達とは違って、特別な存在だから、そういう地球人風のありきたりな人生で済ませる気なんてさらさら無かった......例え、それを周りの人達から強がりと捉えられようとも......)


 今ある自分の状態が、ありきたりではない事は、薄れゆく意識の中でも、小夜美はしっかりと認識出来ていた。


(確かに、これは、ありきたりではない自分には持って来いな感じの締め括りかも知れないけど......私、そんなのを望んでいたわけではない!! 私が思い描いていたのは、生きているうちに、もっと劇的な展開のある人生なの!!)


 先刻からずっと苦しい割には、なかなか果てそうにない意識の中、小夜美は更にイメージを続ける事を止めずにいた。


(例えば、この苦しい状況後とか、この試練に耐え切った私には、元々潜在的に有ったはずの宇宙人としての素晴らしい能力が晴れて開花するとか! ほら、きっと、透明人間化したり、瞬間移動なんかも出来たりするに違いない!)


 長年の孤独生活で、すっかり身に沁みついていた妄想という武器を、ここぞとばかりに最大限に生かす事で、苦しい中も意識をしっかりと保つ事が出来ていた小夜美。


(私には、タイムマシーンにもなるUFOもちゃんと1台与えられて、過去未来までアッと言う間に移動出来るの! 未来でロトとかナンバーズの結果見て、過去に戻って、大金持ちになれたり!)


 自分の勝手な妄想世界の展開に満足し、更に、妄想を進めていく小夜美。


(あんなボロ雑巾のような扱いをするような会社はさっさと辞めて、今まで馬鹿にしてきた人達を見返してやるんだから! 時間もお金もたっぷり有るし、クルーザーとかで世界一周するの! いやいやいや、そこは、UFOの出番! 世界中の美しい景色を独り占めして、グルメ生活♡嗚呼、もう怖いもの無しだわ~! 今までの分も地球生活を満喫するから!)


 明るい未来の想像に、だんだん今ある苦しみも忘れそうなまでに、心浮かれ出していた。


(お1人様というのは、傍目から見ると、寂しくて哀れに思われてるかも知れないけど、心底分からないような誰かがそばにいて、いつの間にか裏切られる状態に比べたら、ずっとマシだから! 私は今までも、孤独だったし、これから先だって、お金と自由さえあれば、孤独なんか全然怖くない! だから、今だって、私1人で、この試練に耐えて、輝かしい栄光を手にして見せる!)


 そう強く願った瞬間、今まで身体を強く拘束していた圧から急激に解放されるのを感じた。


(......私、ついに、試練に耐え切ったという事なのかな? やった~~!!)


 圧だけではなく、目を開けられなかった豪風も、耳に届く音や感覚的に消えている事に気付いた。

 苦しかっただけに、とてつもなく長く感じたほど囚われていた不安から、やっと解き放たれ、強く瞑っていたまぶたを少しずつ開いてみると......


(えっ......うそ!)


 咄嗟に、見てはいけないものを見てしまった感に襲われた小夜美。

 もう一度、瞳を閉じて、ゆっくり開けて、今しがた見たものを確認しようとした。

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