300万光年彼方から溢れんばかりの愛を込めて

ゆりえる

第1話 忘れかけていた思い

 沢山の人々の行き交う平日の朝の駅構内。

 通勤途中の稲本いなもと小夜美さよみが、ふと目を奪われた大型スクリーンには、アンドロメダ大星雲に似たような渦巻銀河が、吸い込まれそうなほど鮮烈に映し出されていた。


(こんなの見せられると、プラネタリウムに行きたくなってしまう! やっぱり、宇宙のスケール感って、凄過ぎる! 自分達が矮小過ぎるように思えて、圧倒されずにいられない!)


 その場に足を止めて、しばらくスクリーンの画像に見入ってしまっていたが、ハッと我に返り、乗り換えの電車のホームの方へ向かった。

 今朝は、それでなくともいつもより20分ほど寝坊してしまっていた。

 この状態だと、電車1本乗り過ごしただけで、遅刻となるから急がねばならない小夜美。


 学生時代は、星空を見上げる時間が大好きで、ついしばらく見入って首が痛くなったり、翌朝には寝違えて首が回らなくなるのは日常茶飯事だった。

 星空をそうなるまで見続ける目的は、ごく一般的なように、人工衛星や流れ星を見たり、未知の彗星を発見する事ではなかった。

 人に話すと嘲笑されそうで黙っていたが、UFOに遭遇したり、宇宙人とコンタクトする事が夢という、一風変わった趣向を持った「不思議ちゃん」だった。


 後ろ髪を引かれるように、急いでいた足を少し緩めた小夜美。


うんざりな仕事を嫌々続け、愚痴を聞いてくれる女友達もだんだんと結婚してしまい、それぞれの生活に追われ、気付いた時には会う機会すら無くなってしまっていた。

 それに比べて、自分には未来を共に築ける相手もいないまま、こうして年老いて身動きも利かなくなり、それで人生終えると想像すると気が滅入った。

 せっかく生まれて来たというのに、こんな日々淡々と辛うじて生きているような人生では、自分の存在理由も思い浮かばなくなりそうだった。


(もっと、生き甲斐の有る生き方がしてみたいけど、これといった技能も趣味も持ち合わせない私が出来る事なんて、たかが知れている。こんな事なら、小さいうちから習い事や勉強もしっかりして、資格とか免許とか取って、なりたい職種に就いていたら良かった......といっても、私って、飽きっぽいから、長続きする気がしないけど......)


 先刻の渦巻銀河の映像が、小夜美の脳内に蘇る。


 遥か彼方の銀河に思いを馳せていると、責任転嫁的に、自分は、そもそも生まれて来る星を間違ったのではないかと思わされてきた。

 

(あの頃......学生時代のように、いっそ願って、信じて待っていられたなら、もしかしたら、現れて正しい生き方の出来るような星へと連れて行ってくれるのでは......?)


 友達が休みで1人で歩いていた通学時に、いつも空を見上げて、心で願っていたのを懐かしく思い出しながら、その日々のように、あの頃の夢を心の中で再現しようとしてみた。


(私はここにいるのに、いつまで、待たせるつもり? 早くUFOに引き上げて! 私を宇宙旅行に連れ出してよ!)


 自分の妄想世界の中では、小夜美は、遥か彼方の銀河から、地球を視察に来た宇宙人の1人だった。

 地球をあまりにも気に入り過ぎて、長居しているうちに、他の団員達は宇宙船で帰星してしまったが、小夜美は1人残る事に決めた。

 当初の予定では、地球時間の3年後、また母星から視察団が来た時に、十分に地球生活を満喫した状態でピックアップしてもらう筈だった。

 それがどういう事か、運悪くいくつかの手違いが重なり、以降、その星からの視察団は途来星する事無く、小夜美1人だけ、地球に留まり続ける事になってしまった。


(ちょっと~、もういい加減、待ちくたびれた~! 地球人の寿命は短いんだから、早くしてくれないと、私、このままここで、地球人として息絶えてしまうじゃない! お願いだから、早く迎えに来てよ~!)


 いくら心の中で叫び続けたところで、学生時代から今まで通り、小夜美の声はスルーされるものだとばかり思っていた。


 もう飽き飽きしていたが、平日は、満員電車の中、通勤して、会社で散々嫌味言われて、1人暮らしの小夜美は、コンビニ弁当買って帰宅して、たまっていた家事を適当にして、お風呂の中でしばらく妄想して、寝て起きる。

 休みの日は、1人暮らしの特権を有効利用し、お金をかけず、ひたすら妄想と寝だめして、お腹が空いたら、買いおいていたおやつを食べながらマンガや小説三昧。

 こんな毎日の繰り返しが、この先も働けなくなるまで、ずっと続くものだと思っていた小夜美。


 それは退屈で何の刺激も無い、ごく平凡な時間だが、その平穏さこそが、自分なりの幸せだったのかも知れないと、改めて気付かされるような時間が、その先に待ち構えていたのだった。


(えっ、何これ......?)


 目の前を行き交っていた人波が一瞬にして消え去った。

 建物の中だというのに、ジェットコースターにでも乗っているかのような強風。

 気圧が急変したような両耳の圧と痛みと唸るような轟音。

 全身を強力なプレッサーで押し潰されそうな強圧で、呼吸も息苦しい。


(目を開けられない......一体どうなっているの?)

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