なぁ、どうすれば努力できる?

タルト

なぁ、どうすれば努力できる?

「なぁ、どうすれば努力できる?」

 これは私が若い時分に聞かれた言葉だ。当時の私は、答えを出すことができなかった。



 幼い頃、私は活発な少年だった。学校が終わるとすぐに外に出て、野山を駆け回っていた。

 親に服を汚したことを咎められても、次の日にはまた懲りずに外に出て、遊び呆けていた。


 だが、そんな楽しい日々は終わりを迎えた。

 11才のときだったか。父親が借金を抱え、離婚することになったのだ。私は母親に引き取られ、都会の近郊にあった母親の実家に身を寄せることになった。


 それからの私は、外で遊ぶことを殆どしなくなった。

 それは、母親が私に「努力することの大切さ」を説いたからだ。私はそれを聞いてから、これまでほったらかしていた勉強に励むことになった。

 その甲斐あってか中学に上がっても成績が良好で、幸いにしてそこそこの学校へ進むことができた。



 そうして高校生になった私には、特に仲の良い友人が2人いた。ただ、彼らの名前はもう失念してしまったため、それぞれA、Bとしよう。


 Aはとにかく優秀な男だった。聞けば、分からない授業はないと言うのだ。

 ただ、そのためか授業に対する姿勢は真面目とは言えなかった。よく眠りに入っては、先生に頭を叩かれていた。


 BはAとは対照的だった。勉強も運動も碌にできず、成績はクラスでも底辺だった。試験の度に落第点を取り補習を受けている姿は、彼の名を忘れてもなお憶えているほどには印象的だった。


 そんな彼らと私の接点は、幾つかの雑誌だった。

 放課後に教室に集まっては、持ち寄った雑誌を読み、めいめいにそれに対しての見解を述べる。それが私たちの楽しみだった。



 月日は流れ、私たちは受験戦争に勝ち抜くため、勉強に追われることとなる。

 私はとうに受験を見越して勉強を続けていた。だが、2人は違った。

 Aはもう残り3月となった頃にも、相も変わらず余裕ぶっていた。


 Bは受験というものの恐ろしさが分かっていなかったようで、これまでのように補習を受けるだけでどうにかなると思っていたらしい。


 彼らの認識が変わったのは、本番まで2月を切った頃だった。


 ある日、彼らは声を揃えて私に聞いてきた。

「なぁ、どうすれば努力できる?」

 私は困惑した。私は誰に教えられずとも、努力のやり方を知っていた。いや、それは正確ではないかもしれない。恐らく、両親が努力する姿を見て、知らず知らずのうちに学んでいたのだろう。それ故だろうか、母親に努力することを求められても、特にそれを苦に思ったことはなかった。


 だが、彼らは違ったのだ。

 Aは、何事も簡単にできてしまった。それ故に、これまでに努力する必要がなかったらしい。

 私はそれまで彼を羨ましく思っていたが、このときばかりは彼に恐怖を覚えた。努力を知らぬままにこの歳まで生きていける者がいるというのは、私にとってはこれ以上なく衝撃だったのだ。


 BはAの話の後、ぽつぽつと話し始めた。何をやっても続かないというのだ。勉強も運動も何もかも、すぐに嫌になって放り出してしまうと。真面目に受けているように見えた授業も、実際には早々に放り出し、妄想に耽っていたらしい。


 私はそれ以上の話を聞くのが怖くなり、逃げ出そうとさえした。しかし、2人は私を離そうとせず、何度となく努力の仕方を聞いてきた。努力することが当たり前であった私には、答えを出すことは終ぞできなかった。



 次に私が放課後の会合に参加したのは、受験戦争が終わった後だった。私は努力が実り、見事志望していた大学へ進むことが決まったのだ。私はそれを報告するため、会合への参加を決めた。


 私が教室に入ったとき、2人は机に突っ伏していた。床には幾つもの雑誌が彼らの胸中を表すかのように激しく散らばっていた。


 私は驚きながらも、2人に声を掛けた。だが、彼らは動く様子がなかった。私はそのうち起きるだろうと思い暫くその部屋に留まったが彼らが顔を上げることはなく、私は暗くなったため帰路についた。


 次の日学校に行くと何人もの生徒が門の前に立っており、ボヤ騒ぎがあったと噂していた。

 私が何をするでもなく立ち尽くしていたとき、後ろから先生に呼び止められた。先生は、AとBがボヤを起こした、私は何か知っていないか。と聞いてきた。私は一度、知りません。と答えた。だが、怪訝そうな顔をする先生を見て、昨日の2人の様子を話すことを決めた。


 私が全てを話し終えたとき、先生はただ難しそうにうんうんと唸っていた。私は先生に、彼らに何があったのかを聞いた。先生は少し悩んだ後、話を始めた。


 やはりと言うべきか、彼らは受験戦争に敗れたようだった。だが、私には引っ掛かるものがあった。

 Aは私よりも優秀だったはずなのだ。私が勝てるものに彼が負けるとは、とても思えなかった。

 それを聞くと、先生は不思議そうな顔をしていながらぽつりと呟いた。

 それを鵜呑みにするならば、私は既にAよりも優秀になっていたらしい。

 Aはそれに気づかないままに私と同じ大学を受け、私の知らないところでひっそりと負けていたようだった。


 私は驚いたが、同時に納得もした。彼は努力を知らなかったのだ。

「なぁ、どうすれば努力できる?」

 私は改めてそれを問われたときを思い返した。


 優秀だったAと、劣等生だったB。彼らは対照的にもかかわらず、努力を知らないという共通点があった。

 私は無意識に、それを声に出していたらしい。それを聞いた先生は、今も私の中に残る話をしてくれた。

「努力を知らぬ者は、どれだけ優秀だろうが、劣っていようが、等しく競争に敗れることになる。それはただ能力が足りないという話ではない。努力を知らぬ者は、細い花の茎なんだ。強風で、簡単に手折られてしまうんだ。」

 私はそれを聞いて、衝撃を受けた。だが、彼らの末路を思うと、納得するしかなかった。



 それから私は大学を修め、働きに出た。そのうちに家庭を持ち、2人の子を授かることとなった。

 私は、かつて私に努力を説いた母と同じく、息子たちに努力することを教え続けた。

 彼らが独り立ちするときには、先の先生の言葉を手向けとした。



「なぁ、どうすれば努力できるんだ?」

 私は未だに、その答えを出せていない。ただ一つ言えることは、努力をしようと思わなければ、努力はできないということだ。

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