第26話 アベルの戦いがってお話
「貴様、貴様、貴様、貴様貴様貴様貴様貴様あああああああああ!」
鼻血を押さえながらウィリアムが吼える。そして赤黒い光を放った鎧から六本の黒い触手がニュルニュルと生えてきた。そして、ビュンと鳴ると俺に向かって高速で伸びてきた!
咄嗟に折れた剣で受けるが、衝撃で俺の体は吹き飛ばされる。受け身も取れぬままに遮蔽物の壁に激突。背中から身体中に衝撃が走り一瞬呼吸が止まる。頭をぶつけた反動で口の中を噛み切り唇から血が流れた。
俺を狙った触手は遮蔽物を砕いた後にウィリアムの元に戻る!?
「えっ!?」
黒い触手はウィリアムの両耳、両肩、両腿に突き刺さった!?
「ギヤアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
悲鳴を上げるウィリアム。競技場の観客席でも悲鳴が上がっている。何だ? 何が起きた?
ウィリアムに突き刺さった触手が、どくっどくっと波打つ。……血を吸っているのか? ウィリアムは剣を手放して両手で頭の触手を抜こうとしている。
「きゅ……吸血装甲だあ!」
立ち会いの先生が走ってウィリアムの元に駆け付け、頭に刺さる触手をウィリアムと共に引き抜こうとするが……。
「グハァッ!」
先生の腹を貫通して四本の触手が大量の血を撒き散らしながら飛び出した!
観客席は悲鳴の嵐と化し、多くの女の子達がその惨酷な状況にバタバタと気を失っていく。
「止めろウィリアムッ!」
虚ろな瞳のウィリアムがこちらを見る。先生の体から触手が抜け、事切れた先生がドサッと崩れ落ち倒れた。
「……コロ……ス……」
呟いた瞬間に俺に向かって胴鎧から生えた四本の触手が矢の様な速さで伸びてくる。
遮蔽物の裏に滑り込み身を隠すが、触手は俺を追いかけ遮蔽物に突き刺さり貫通する。身を低くしていた事が幸いし、頭の真上を触手が通り過ぎた。
今がチャンスと思い遮蔽物から飛び出す。
「コロスコロスコロスコロロロロロススススス!!!」
ウィリアムの両手から触手が伸びて俺を狙う。
「クソ!」
遮蔽物に身を隠しながら時計回りに走り続ける。胴鎧の触手も俺を狙って伸びてきた。計六本の触手は次々と遮蔽物を破壊していく。
見ればウィリアムの足元に倒れている先生からは、大量の血が流れ血の池を作っていた。このままでは先生の命が危ない。
俺は紫色の魔眼封じの眼鏡を投げ捨てる。
「加速視!」
俺の視界はゆっくりと流れる加速世界に変わる。魔眼スキル【加速視】は俺の魔眼ギフト【透視】から派生した魔眼スキルだ。
初めの頃は世界がゆっくり流れるのを見ているだけの魔眼だった。やがて思考が加速思考を覚え、更に思考が体を動かし加速世界で動ける様になった。
加速世界で俺は普段通りに動いている。加速行動を体が覚えた訳では無い。ただ結果的には時間辺りの行動回数が増えているので速く動いているかの様に見える。
◆
《観客席 レミリア》
アベルが紫色の魔眼封じの眼鏡を捨てた。
「加速視!」
観客席からならアベルの残像が何とか見える。あの男に襲われていた時はアベルの動きが全く見えていなかった。あれが【加速視】。あれがアベルの戦い方。
瞬きする間にアベルはウィリアムの足元で倒れた先生を腕に抱き、入場口へと運んだ。
ウィリアムもアベルを見つけて、吸血装甲から黒い四本の触手が伸び、遮蔽物を次々に壊してアベルに向かっている。あの触手も物凄く速い!
気が付いたアベルが左に走る。あれ? さっきよりも遅い? 私の目にはアベルがはっきりと見える。勿論、普通よりは全然速いけど、先生を助けた時より速くは無い?
アベルがチラッと助けた先生の方を見る。血塗れになっている先生に、救護の先生達が駆け付けている。
……アベルは優しいから、ウィリアムの注意を引き付けているんだ。
そしてきっと……。
《観客席 リック》
は、は、速ええええええ! 何だあのアベルの速さは! 先生を助け出して、しばらくは俺の目でも見えていたが、今は残像しか見えない。
「ありゃあ、ローランド、お前の襲歩より速いぞ!」
「知ってるよ! アベルのヤバい所は、あのスピードで自由に動けるって事だ!」
遮蔽物を右に左に通り抜けるアベルの残像。吸血装甲から伸びる触手も遮蔽物を破壊しながらアベルを追い掛けているが、アベルに当たる気配すら無い……。
「俺の襲歩は発動したらほぼ一直線だ。僅かに角度を変えられるが、あのスピードであんなに自由には動けない!」
「しかもアベルの野郎、未来を見てやがる! あんなんされたら
遮蔽物をジグザグに縫う様に走るアベル……の残像。そして俺達の視界からアベルが完全に消えた!?
《観客席 レベッカ》
「れ、レベッカ……アベル君……凄いね……」
「凄いってレベルじゃ無いぞあれは! 速いだけじゃ無く、ウィリアムの攻撃は未来視で見切られているんだ!」
あたしの双竜槍よりも速く複雑に動く吸血装甲の触手。それがアベルには全く通用しない。
あたしがアベルに勝つイメージが全く湧かない。スピードの次元が違い過ぎる……。
しかし、アベルには決定的に足りないものがある……。
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