第13話 とんでもない化け物が出たってお話
魔眼スキル【加速視】を初めて覚えた頃は、ただ単にゆっくり動く世界を眺めているだけだった。
直にゆっくり動く世界に思考が慣れてきたのか、俺の思考力も加速視の世界に合わせて考える速度になった。
更に加速思考が体を動かすようになり、徐々に加速世界で体が動けるようになってきた。
俺の【加速視】による加速世界は、俺が速く動いている訳では無い。ゆっくり流れる加速世界の中で俺は普通に動いているだけだ。ただ普通の世界から見たら速く動いているように見えるだろう。
魔力を注ぎ込む程、加速世界はゆっくりと流れ、その分俺の行動回数は増える。
そして、結果として魔力を多く使った【加速視】は、普通の世界に於いてより速く動いたという結果が残る。
超物理的なギフトとして襲歩、速歩、縮地等があるが、行動回数に於いては普通の世界と同じ行動回数しか動けない。襲歩は百mをニ、三秒で動けるが、その間の行動はニ、三秒の行動に限られる。
同じ百mでも俺の【加速視】は加速世界を仮に三倍にした場合、結果として百mを三秒で動いたとしても行動時間は九秒ある事になる。
そして魔力を使用する量により、結果として襲歩よりも何倍も速く動く事も出来る。更に言うならば襲歩や縮地同様に加速終了後の行動の余動が無い。
◆
ミアさんを連れ去った馬車を追い街中を【加速視】を使って疾走する。左目は【未来視】を使い人混みの中で最適なルートを探し出す。
【加速視】と【未来視】の併用は魔力を多く使うが、そんな事を考える余裕も無い。ひたすら【未来視】で最短最適ルートを考え、ひたすら全力でゆっくり流れる加速世界を走って行った。
普通世界で五分程度で馬車に追い付く。【未来視】で救出解を導き出す中で俺は唖然とした。
俺が考えたのは、怪しい男を蹴り殺してから馬車を止めてミアさんを救う未来だ。
しかし怪しい男は死から甦り、俺は殺され、ミアさんを救う事が出来ない未来だった。
あの男は……人間じゃない!
ミアさんを救い出せる未来。
時間は無い!
辿り着いた一つのルート。
馬車に追い付いた俺は【加速視】に大きく魔力を注ぎ、更なるゆっくりとした時間の流れを作る。ここ迄しないとこの男からは逃げられない。
ゆっくり流れる加速世界の中で、走る馬車の扉を開けて飛び乗り、虚ろな目のミアさんを抱き抱えて馬車から飛び降りる。この時に誘拐犯の男は反応していた。化け物か!
【未来視】を使い逃走ルートを先見しながらひたすら走る。
何処が安全か!? 何処に逃げる!? 学院? 警察? 冒険者ギルド? 何処だ!
◆
あの化け物が追い掛けて来ているかも分からない……。もう【未来視】を使う魔力も無くなり、【加速視】の魔力も切れた。
虚ろな瞳から涙を流しているミアさんを抱き、おぼつかない棒のようになった足で辿り着いたのは学院の女子寮だった……。
俺の意識も飛びそうな中で寮の扉の前まで行くと、扉が開きコレットさんが飛び出てきた。
「ミアちゃん! アベル君!」
コレットさんの顔を見た瞬間に俺の意識はぶつり、と切れ視界が暗くなった……。
◆
目覚めると知らない部屋だった。ふわふわなベッドはいつもの二段ベッドでは無い。
窓の外は明るいが違和感を感じた。綺麗な部屋に置かれている洒落た置き時計を見ると朝の八時を示している。
ベッドから起き上がり部屋の扉を開ける。
「あ! おはようアベル君」
元気な声のコレットさん。其処は広いリビングルームで学院長先生がソファーに座るミアさんとコレットさんにお茶を入れていた……裸で!?
「ウワッ!?」
俺は慌てて寝ていた部屋に戻りドアを閉じた。眼鏡を忘れていた。ミアさんとコレットさんはソファーの背で見えなかったが、学院長先生のメロンはバッチリ見えてしまった! やはりデカい! そして綺麗だ!
『ごめ~んアベル君。眼鏡はこっちの部屋だった~』
明るい学院長先生の声が聞こえた。俺はドアから手だけを出して、チョイチョイと眼鏡ちょうだいのアピールをした。
渡された紫色の魔眼封じの眼鏡をかけ、鼻血をティッシュで拭ってから隣のリビングルームへと入った。
◆
「ミアから状況は聞いたわ。ミアを救ってくれてありがとうアベル君」
「ミアさんから?」
ミアさんを見れば、元気がない顔をしているが怪我とかは無さそうだ。
「……うん。体は動けなかったけど、見えてたから。アベルが助けてくれるの……ずっと見てたから……。ありがとう……アベル」
「そ、そっか……」
「……でも怖かった。もう……死ぬのかと思った。怖かったよ……」
ミアさんは声を震わせて泣き始めた。隣に座るコレットさんが優しく背中をさすっている。女の子が誘拐されそうになったんだ。怖くないはずないよな。
「あの後に直ぐに警察に連絡をしたのだけど……まだ犯人は捕まっていないわ……」
口惜しそうにする学院長先生。膝の上の手をギュッと握り締めていた。ミアさんは公園であの怪しい男と目があった瞬間に体が動かなくなったそうだ。
麻痺の魔眼……。
使い方の危険性からデビルアイに属する魔眼だ。しかしあの男はそれだけでは無い。
「学院長先生、犯人の男は人間ではありません」
「「「え!?」」」
「俺が見た未来視であの男は死から甦りました」
「甦りって……不死の魔物……」
「「未来視?」」
ミアさんとコレットさんは俺が未来視を使える事を知らない。学院長先生には入学前の書類に一通りの俺の魔眼スキルを書いて提出してあるから吃驚はしていなかった。
「昼間も動ける不死の魔物です」
「……ヴァンパイアか悪魔……ね。魔物鑑定はって余裕無かったか」
「はい。ただ凄い化け物なのは確かです。俺の加速視の中でも反応してました。戦うどころか逃げるので精一杯でしたから」
「街の警備体制を上げるようにお父様に伝えないといけないわね」
「何故ミアさんを攫おうとしたのですか?」
「ヴァンパイアなら少女の血、悪魔なら生贄……おぞましい……」
学院長先生は更に膝の上の拳を硬く握り「……まずいわね」と呟いた。
「……学院が……狙われるかもしれないわ」
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