06:フェルとジルダ

 あれから三年経過し、春の始めに僕は学園を卒業した。


 二年前に先に卒業していたジルダは、ここ二年の間は王妃教育と言う名目で王宮に通いつめていた。とは言え、僕に会いに来るのではなく母上に会いに来てるのだが。

 たまにお茶に誘ってくれるだけで満足だったけどね。


 そしてついに明日、僕とジルダの結婚式が行われることになった。

 明日から僕とジルダとは夫婦で、ジルダの家が王宮ここになるのだ。

 出会ってから四年、僕は変わらずジルダを愛していた。ジルダもきっとそうだと思うのだけど、最近はどこかよそよそしい気がしていて不安だ。

 おまけに毎週のようにデートしていたのにここ一ヶ月はそれが出来ていない。

 理由を聞けば、「式の準備で忙しいのです」と言われるのだ。そんなに掛からないだろうと言うと、「男と女では準備の量が違いますわ」と、叱られてしまった。


 さらにここ一週間の話。

 僕はジルダの姿を見ていなかった。

「母上、今日はジルダは来ないのでしょうか?」

 仕方なしに母上に尋ねると、「あら、寂しいの」とくすくすと笑われて、結局、何も答えてくれなかった。

 笑われ損じゃないか!



 そして迎えた式の当日。

 朝どころか夜が明ける前にジルダは王宮入りしたらしく、身嗜みに着替えや~と様々な準備を行っていたようだ。

 なお、本日のスケジュールは、午前中に式を挙げて正式に夫婦になる。王太子妃になったジルダと共に王都の一番の大通りで馬車に乗って市民にお披露目。夜は貴族向けに結婚披露パーティーだ。

 中々にハードなスケジュールだけど頑張ろう。



 準備が終わったと聞いて僕はジルダを迎えに、王太子妃ジルダの私室へ向かった。

 ノックをすると入って良いと言われたので、ドアを開けて入っていく。


 部屋の中心には真っ白なドレスを着たジルダが座っていた。まだベールをつけていないので、彼女の明るい銀髪がさらりと背中に流されている。

「髪は編みこまないんだね」

「いいえ編んでますよ。ほらここ左右に細かい編みこみが入ってますわ」

 言われて見れば確かに~と、覗き込んだら「近いですよ」とねめつけられた。


「ところで殿下。そんな事より何か言う事があるのではなくて?」

 彼女の表情は変わっていないのだけど、これは怒っていると、彼女に出会ってからのこの四年間で理解している。

「これは大変失礼しました、レディ。

 とてもお綺麗ですよ」

 恭しくそう言うと、ジルダは澄ました表情のまま、

「言い方が駄目です」

 相変わらず僕の愛しい人は辛らつだった。







 夜のパーティーでは長い長い貴族の挨拶を聞く苦行に耐えた。

 それが終わって一息ついて、僕はジルダを誘ってダンスを踊った。ここ二年ですっかり彼女の身長を追い越した僕はいまや頭一つ違うほどになっている。

 追い越してしばらくの間は、

「やっと高いヒールが履けますわ」と、ジルダに安堵されたのだが、僕の名誉の為にも身長が同じ位だったのは最初の一年目だけだと声を大にして言っておきたい。


 ダンスを終えてから、ジルダは少し用事があるといって会場を離れていった。そして彼女はほんの五分も待たずに帰って来た。

 ただしその後ろにミリッツァ姉さんを連れて。

「ミリッツァ姉さん、どうしてここに?」

「フェルナン殿下の結婚式ですもの。ジルダ様にお誘い頂き参上いたしましたわ」

 話を聞けば、以前から手紙のやり取りはしていたそうだが、特にここ一週間はジルダがミリッツァ姉さんがいま暮らしている国まで訪ねて行って、今日の為に重ねてお願いしていたそうだ。


 そんな話しているミリッツァ姉さんは伏せっていた時の不安定な様子は無く、元来の明るく聡明な雰囲気を見せていた。

 久しぶりに出会ったからか、それともミリッツァ姉さんが以前のような様子だったからか、僕は時を忘れてすっかり楽しげに話し込んでしまった。



 そう今日が結婚初日だと言う事を忘れて……


 気づけば、貴族らによって『幼馴染のボードレール公爵令嬢との怪しい関係』と噂を立てられてもおかしくないほどの時間を、二人っきりで話していたと思う。

 人々の視線に気づき始めたミリッツァ姉さんの指摘で、僕は自分の失態をしった。

 気づかなくてごめんなさいと、しきりに謝ってくるミリッツァ姉さんだったが、これは僕の失態だ。

「気にしないで、でもごめん。僕はジルダのところへ行って来るよ」

「えぇお願いします。ジルダ様には、わたしからの謝罪もお伝えください」


 その場を離れて急ぎジルダを探すが、会場にその姿は無かった。

 扉を護っていた衛兵に聞けば三十分以上前にドレスを着替えに出たきりだという。

 僕がミリッツァ姉さんと話しすぎたばかりに、どうやらジルダはへそを曲げてしまったようだ。



 ジルダの部屋に向かって走り、ノックをすると返事があった。

 ドアを開けてはいると、とっくに新しいドレスに着替えを終えたジルダが一人で座っていた。


「ごめん、ジルダ」

「何を謝っているのですかフェル?」

「ミリッツァ姉さんと話し込んで、一人にしてしまった事だよ」

 この四年で培った経験上、怒りが尾を引かないジルダの場合、こういうときは素直に謝るに限る。


「大丈夫ですよ。ミリッツァ様のことは私からのサプライズですからね。

 どうですか? 久しぶりに会えて嬉しかったでしょう」

 そうやって笑顔を浮かべているジルダは、どこか嘘を付いているように思えた。


「どうしたんだ、ジルダ?」

「別に何もないですよ」


「そんな訳無いだろう?」

「……」

 問答を避けるように、そっぽを向いた彼女の肩に手を回して、素早く頤に手を当ててこちらを向かせた僕は、無言で顔を寄せて口付けした。


 慌てて唇を押さえて離れるジルダ、そんな彼女は耳まで真っ赤だった。

「ず、ずるいです! そんな事ではごまかされませんよ」

 文句を言う彼女を黙らせる為に、もう一回。

 今度はすぐに離れずにたっぷりと彼女の柔らかい唇を味わった。


「んぅふぅ……ぅ」

「可愛いよジルダ……」

 呟くようにそう言うと、彼女はバッと離れて、

「フェ、フェルの癖に! 生意気ですわ」

 これは……

 初めて見せるいつも冷静な彼女の狼狽する姿に、凄く興奮を覚えた。

 あれ、僕ってこういう性癖なのかな?


 再び口付けをしながら、

「もしかして嫉妬しちゃったのかな?」

 意地悪くそう問い掛けると、ジルダは泣きそうな表情を見せて、

「だってフェルは年上好きで、昔からミリッツァ様に憧れていたのでしょう?」

 確かにミリッツァ姉さんは綺麗で、彼女と結婚できる兄が相当羨ましかったのだが、それはずっと昔の子供の頃の話だ。それに憧れと好きはかなり違うんだよな。

 それに、

「僕の初恋はジルダだって言ったよね。

 いまも昔も一番はいつもジルダだよ」

 口付けの合間に、何度も何度も僕は彼女に愛を囁いた。


 さらに彼女の口が何かを言おうとする前に、先んじて唇を塞ぎ言葉を奪っているとジルダは、突然体の力が抜けたようにコテンと、僕の胸に甘えるようにしなだれかかって来た。

 これはやっちゃっていいのかな?


 緊張で震える手をドレスの後ろに回して、結んでいる紐に触れようとすると、ジルダは協力するように背中を起こしてくれた。

 どうやら良いみたいだ。

 そう思えばドキドキとうるさい音が聞こえてくる。顔が上気したジルダも呼吸が荒いようで、彼女も同じく緊張しているのだと思うと、ほんの少しだけ余裕が戻ってきた。


 ドレスの紐を解いていくとそれが肌蹴て白いコルセットが露になった。

 コルセットは外し方が解らずに困惑していると、ジルダが自分の手でスッと外してくれた。ドレス、コルセットが無くなり薄いシュミーズ一枚の姿になった彼女をみて、思わず「綺麗だ」と呟いていた。

「ばかぁ」

 恥ずかしそうジルダが呟く。

 そのシュミーズの中ではふっくらと柔らかそうな双丘が、彼女の荒い呼吸に合わせて誘うように揺れていた。

 恐る恐るその白く柔らかそうな乳房に触れると、程よい弾力があり僕の手の形にふにょんと変わって驚いた。同時にジルダから僅かにため息のような甘い声が混じって吐きだされる。

 僕は抑えきれずに、彼女の唇を貪る様に吸った。



 隣に眠るジルダの寝顔を見て、僕は初めて彼女を翻弄したことに感動した。


 しかし何度もそんな事が奇跡の様な事が起きる訳も無く、その後の家庭生活においてはほとんど主導権を取られたけどね……

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