29:vsヒロイン⑤ 崩壊

 私が気づいたのは、フェルと双子たちと馬車に乗って王都へと向かっていた時だった。

「気がついたかジルダ」

「ええ」

 どうやらフェルの肩を借りていたようで、離れようとしたのだけど……

 肩に手を回されていて離れる事が出来なかったわ。


 肩にある手を見てから、フェルに向かってチロリと上目遣いの視線を送ると、露骨に目を逸らされた。

 う~ん、生命と貞操の危機から助け出してくれたのよね。じゃぁこのくらいのご褒美は仕方が無いかな?

 だったら……

 私は遠慮せずに抱きついて彼の胸に頭を預けたのよ。


「ジ、ジルダ!?」

 ふふっいつも通りの焦った声が聞けて満足だわ。




 私は助けてくれた三人にそれぞれお礼を言うと、その後、私が馬車から連れ出された後の顛末をメレーヌから聞く事が出来た。


 メレーヌは言い付け通り気絶したフリをしてやり過ごした。

 すぐにイレーヌを叩き起こし……

「え、まって? 頭を打っていたのに無理やり起こしたの?」

 前世の記憶から、頭を打った相手を揺さぶるなんて相当不味いことだと知っていたから思わず突っ込んでしまったわ。

 しかしメレーヌは平然と、「そうですね」と答えた。

 無知って怖いかも……


「そ、そう続けて」

 私が若干引きつった笑顔なのは仕方が無いと思って欲しい。


 私の態度に首を傾げながらも、メレーヌは話を続けたわ。

「イレーヌを起こした後に、わたしは残された馬に乗ってジルダ様を連れて行った馬車を追いました。そしてイレーヌには王都に戻って貰い助けを呼ぶように指示したんです」


 そしてイレーヌが話を引き継ぐ。

「ボクは王都に向かっている最中に、緊急事態だからと商人から馬を借りて走ったよ」

 その後は王宮に駆け込んで助けを求めたそうだ。







 王都に戻ると、マエリスとジェレミー先輩の罪が裁かれる事となった。

 二人の罪状は日本風に言えば、誘拐と殺人未遂、そして強姦未遂かしらね?


 簡潔に言えば、ジェレミー先輩は家からは勘当されて鉱山送りになり、合わせて彼の父親の騎士団長は責任を取って団長職を退くこととなった。

 そしてマエリスは、とても厳しい修道院に送られることになる。


 しかし彼女は不服を申し立て、

「あたしは亡国の姫なのよ、こんな扱いは認めないわ!」

 だそうだ。


 しかし裁判官は冷静に、

「貴女が亡国の姫であることと、貴女が犯した罪とは一切関連がありません。従って罪は平等に裁かれるのです」

「あたしはそこらの平民や貴族じゃないのよ、もっと扱いを考えなさいと言っているの!」

 彼女の言葉はどこか、学園での数々の調停を思い出させる。

 あの時と同じ、いやミリッツァ様の時から一切変わっていない彼女の態度。

 この世界はゲームで、主人公ヒロインの自由になる夢と思い込んでいる彼女は、きっと誰の言葉も聞くつもりは無いのだろう。



 どれだけ同じやり取りがあっただろうか。

 何を言っても判決は変わる事はないだろうに、まだ彼女は同じ言葉を言い続けていた。


 その時、大きなため息がどこからとも無く聞こえた。

「ふぅ」

 ため息の主は、なんと王妃様だったわ!


 その行為は間違いなくはしたないのだけど……、王妃様は気にした様子は無く。

「素直に裁きを受けるなら何も言うつもりは無かったのだけど、仕方が無いわね。

 よろしいわ、わたくしが高慢な貴女の心をへし折ってあげてよ」


 相手は王妃なのだが、マエリスの態度はまったく改まる事は無く、

「はぁ、誰よこのおばさん?」

 と、のっけからまさかの暴言だったわ……

 当然に辺りはシンと静まり返った。


「ふふふっ、久しぶりにそんな呼ばれ方したわね」

 もはや王妃様の目は笑っていなかった。


「マエリスと言ったかしら、貴女は十七年前に滅んだと言うエムリーヌ王国の姫で間違いないのね?」

 ゲーム内では常に亡国になっていたので、私も国名は初めて聞いたわね。

 当然、マエリスも同じだと思うのだけど彼女は堂々と、

「えぇそうよ!」と、言い張ったわ。


「例え滅びた国とは言えど、王族を騙るのは大きな罪に問われるのだけど……、まあいいでしょう。

 ところで貴女、それはどのようにして知ったの?」

「ゲームの設定よ」


「え? ごめんなさい貴女が何を言っているのか分からないわね。

 ゲームとか設定と言うのは何かしら?」

「あたしは戦争で祖国が滅んだ時に、使用人夫婦に連れられてこの国に来たのよ」

 どや顔でゲームの設定を話すマエリス。私も同じゲームの記憶を持っているので、彼女が言う逆ハールートのヒロイン設定に間違いないことが理解できたわ。


 しかし王妃様は、それを聞いても表情を渋くしていたのよ。

「そうね、その話は確かに十七年前にどこの国でも噂になった話ね。それを題材にした演劇も公演されていたはずよ」

「ふん、あたしの人気にも困ったものね」

 それを聞いて満更でもない様子のマエリス。


「ところでその使用人夫婦を名乗る者が、色々な国で多数に存在しているのは知っているかしら?

 つまり貴女こそが本物だと、どうやって証明するのかと聞いているのよ」

 このときマエリスは初めて言葉に詰まった。

 だって、ゲームではそういう設定なだけで、それを証明するような証拠は出てこなかったのだ。


 どうやらそれはこの世界でも同様だったようで、彼女は声を震わせながら、

「あ、あたしが、あたしこそが本物に決まってるじゃないの!

 だってあたしが主人公ヒロインなんだもの!」

 王妃様の表情は変わらないが、彼女は再び大きくため息を吐いたわ。


「そう。ところで貴女はお幾つかしら?」

「は? 十七歳だけど」

 突然に話題が変わってマエリスは怪訝な表情を見せていた。

 私やアントナン殿下も同様に首を傾げていたのだが、国王陛下や宰相など、大人達はまるで興味を失ったかのような顔を見せた。

 いまの質問にどういう意味があったの?


「十七年前に滅んだと言うエムリーヌ王国の姫は、当時三歳になっていたそうよ。姫は今年で二十歳になるわね。もちろん生きていればだけど。

 エムリーヌ王国の幼い姫・・・は、使用人夫婦の手引きで逃げ延びたのであって、彼らに連れ出されたのではないわ。

 それで、……あなたはいったいどこの誰だったかしら?」

「そ、そんな馬鹿な! あたしは主人公ヒロインなのよ!

 それに演劇では赤子だったじゃない!」


 それを聞いた王妃様は呆れ顔を見せてこう言った。

「あれは演劇でしょう。

 演技を知らない三歳の子供を使うより、動かない人形に話しかけるほうが楽で絵になると思わない?」


 そしてさらに追い討ちが、

「滅びた異国の姫の年齢なんて市民は知らないでしょうけどね。貴族の世界では知っているのが常識よ」


 それを聞いて叫び声を上げて、王妃に飛び掛ろうと暴れだすマエリス。当然、その行為は衛兵に力ずくで制止されて押さえつけられたのだが……

「連れて行きなさい!」

 まるで汚いものを扱うような仕草で、王妃様がそう衛兵たちに指示をだしたのよ。

 その時の目は夢に見そうなくらい怖かったわ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る