SideB④

 横転した馬車に何者かが近づいてくる足音が聞こえてくる。体はそこかしこが痛んでいたが動けない事はないと思った。

 体を起こそうとすると、ジルダ様に制されて、

「気絶した振りを、お願い。その後は助けを呼んで頂戴ね」

 そう小声で言われた。

 着いて行くほうが危ないとは思ったが、この体で相手をしてやられてしまえば救援さえも呼べないと気づき、わたしは泣く泣く気絶した振りをした。


 ジルダ様を乗せた馬車が走り去る音を聞きながら、わたしは気絶しているイレーヌを叩き起こした。

「イレーヌ起きなさい。起きろってば!」

 何度か呼びかけても駄目だったが、強めのビンタで頬を張るとやっとイレーヌが目を覚ました。

「痛いよ姉さん、やめてよぉ」

 イレーヌは起き上がりつつ「頭いた……」と呟いていたが、今はそれ所じゃない!


「イレーヌ、よおく聞きなさい。

 ジルダ様が賊に攫われたわ。わたしは馬車を追うから、あなたは王都に行って救援を呼びなさい」

 それを聞いたイレーヌはすぐに騎士の顔に戻り、「わかったよ」と、言って馬車を出て行った。

 二頭いた馬車の馬は一頭は足が折れていて使えない。いまどちらが優先かなんて考えるまでも無い。

「わたしが乗る、イレーヌは自力で何とかしてね!」

 そしてわたしは馬車が走り去った方向へと馬を走らせた。


 途中にあった別れ道では、キラっと光る真珠が落ちていた。それを見てジルダ様がいつも身に着けていたペンダントを思い出した。

 ならばこれはジルダ様が投げたのだろうと信じてそちらの方へ進んだ。進む際に剣先で地面を掻いて、より解りやすい目印を作りながら馬を駆けさせた。

 五分ほど駆けたところで前方を走る馬車を発見し、わたしは気づかれないように速度を落として十分に距離をとって追跡をする事となった。







 王都へ向かってボクは走り出していた。

 邪魔になる重量のあった剣や鎧は、馬車に捨てて身軽になっていたが、王都まで全力疾走は流石にきついよ。


 そんな時に道の先の方で商人の馬車がボクに向かって進んでくるのが見えた。

 どうやらボクは運が良いみたいだよ!


 ボクは商人の馬車を止めると、親衛隊の身分証を見せながら、

「緊急事態だよ、悪いけど馬を借りたい!」

 不思議な野盗かと思って警戒していた商人らは、その身分証を見て信じてくれた。


「すまない。この謝礼は必ず!

 後もう一つ済まないのだけど、この先に馬車が横転している。

 これから兵を連れて戻ってくるから、目印代わりにそこで待っていてくれないか!」

 ボクは一方的に言い終えると返事を聞かずに王都へと馬を走らせたよ。


 攫った相手を知らないのだけど、アルテュセール侯爵家よりも、王宮に行くべきだと判断してボクは王宮へ走りこんだ。

 その時、偶然にも馬車に乗って出掛けようとしていたフェルナン殿下とすれ違った。

 やっぱりボクは運が良いよ!


 馬から飛び降りて、ボクは馬車のそばに着地した。そんな行動を取れば、当然、辺りの兵士が剣や槍を抜いてボクを威嚇するんだけど今はそんなのに構っている暇は無い。

 ボクは声の限り、

「フェルナン殿下! ジルダ様が攫われました!!」と、叫んだんだ。







 俺は明日のデートの予行演習の為に街へ出るところだった。

 そこに一騎の騎馬が走りこんで来てかなり驚いた。王宮の目の前で俺に危害を加える馬鹿が居たと思ったからだ。

 予想に反しその騎馬からは、見覚えのある大柄の女が飛び降りてきた。

 あれはジルダの双子の護衛のどっちかだ、もちろん俺には見分けは付かないけどな。


 彼女は息も絶え絶えに、それでも、

「フェルナン殿下! ジルダ様が攫われました!!」と、叫んだ。


 ジルダが何だって……、攫われたと言ったか?


 そこからの行動は早かった。

 悲しい事に俺が、じゃ無くて城の衛兵がだが……


 すぐに騎兵で十騎編成されると、護衛の双子の片割れの案内で街の外へと走っていったのだ。自分の婚約者を攫われて待ってられるか! とばかりに、遅れて十一騎目に俺も走った。

 騎兵と違って鎧を着けていなかった俺は、遅れを取り戻す事が出来て無事合流できた。


 横転した馬車の場所には商人らが困惑した表情で待っていた。

「僕は第二王子フェルナンだ。君たちの協力に感謝する。

 この件で負った負債については僕が必ず補償しよう」

 そういうと商人らは安堵の表情を見せていた。


 その場では後続の馬車の案内に騎兵を一人残して、ジルダが連れ去られたという方向に向かって馬を走らせた。

 先頭を走るのは、鎧を身に付けていない身軽な双子の片割れと僕だった。


「殿下、危険ですからもう少し後ろでお願いします!」

 双子の片割れが馬上でそう叫んでくるが、こんな速度で馬を走らせながら話す余裕は僕には無く、返事は返せなかった。

 まぁ返事は「嫌だ」以外にないのだけどな!

 遅れて行ってジルダに何かあったら後悔してもしきれないじゃないか!



 いったい何を目印にしているのか、先頭を走る双子の片割れは一切迷うことなく、そして一度も止まることなく馬を走らせ続けていた。

 そして、ついに前方の樹のそばで隠れるように立っていた、もう一人の双子の姿を発見したのだ。

「お待たせ姉さん!」

「イレーヌ、よくやってくれたわね」


 双子の姉は、やってきた騎士に状況の説明を始めた。

 そんな事よりもすぐににも助けに行きたいと思っていた僕は、妹の方に制止されてしぶしぶ従っていた。

「山小屋の中には部屋が二つ、奥の部屋にジルダ様が監禁されています。

 手前の部屋には、雇われたらしい男が三人待機していました。先ほど男性と令嬢らしき人が小屋に入っていくのを確認しています」


 その間にも身軽な騎士が鎧を脱いで樹に登り、小屋の中を高い窓から覗き込んでいた。

「奥の部屋には令嬢だけのようです」


「よしわかった。突入して男を一気に捕らえるぞ」

 令嬢だけならジルダにもそれほど危険が無いと踏んだのだろう、騎士隊長がそう指示を出して小屋に突入していった。

 人数も、錬度も違うのだ、制圧はそれほど時間は掛からなかった。


 騎士が男共を拘束している間に、俺は奥の部屋へと急ぎ向かった。


 ジルダは居た!

 着衣の乱れも無く、怪我も無いようだ。

 良かった……


「フェル!!」

 そう叫んだ彼女が立ち上がろうとしたが、痛みで顔を顰めて再び座り込んでしまった。

 まさか見えないところに怪我が!?

 僕は近くに立つ令嬢に一切の視線も向けることなく、ジルダに走り寄ると彼女を抱きかかえた。ふわっと花の香りが鼻腔をくすぐる。

 いつものジルダのいい匂いだ。

 珍しく呆けたような表情を見せるジルダ。


 そのまま遅れてきた馬車に乗せると、安心した彼女は意識を失ってしまった。



 馬車に乗り込み……

 意識を失ったジルダを抱きかかえようとしたら、

「「殿下、それはいけません」」

 と、双子に声を揃えて叱られた。

 じゃあ肩を抱くならどうだろう……、と、今度は何も言われなかったのできっと問題なかったのかな?

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