28:vsヒロイン④

 ジェレミー先輩の言う通り、入れ替わりにマエリスが入ってきた。きっと先ほどの馬車で一緒に来たのだろう。


 彼女は私を見下ろして、可愛い顔でクスクスと笑っている。


 彼女は確かに私を見下ろしている……

 しかし私には、その瞳は何も映していないように見えた。



「あたしさー、この糞ゲーから出られないんだよねー。

 ねえなんでこの夢は終わらないのよ? あの白い部屋で聞いた話って嘘だったのかなー?」

「えっ白い部屋?」

 それは私も行ったあの白い翼の天使がいた部屋の事だろうか?


「ん、あぁモブ子か。そう言えばここに呼んでたわー。

 そうそう。白い部屋にさー天使がいたのよね。そいつってばあたしが死んだから夢を見させてやるって言うのよ。

 でもさーあたしはすぐにアイツが悪魔だって気づいたのよ!」

 キャハッハと可笑しそうに笑うマエリス。


「だってさ、あたしが死んだって言うのよ? 死ぬわけねーっての。

 あたしはさ、モブ子のあんたと違って日本にイケメンの恋人が居るのよ、ねぇ羨ましい? 羨ましいでしょー。

 だからさっさとここを出て帰らないと駄目なのよねー」

 独白は続く。


「なんかさー逆ハーメンバーも減ったしさ。

 そしたら調子に乗ったジェレミーが、あたしを抱きたいって言うのよね。

 何様のつもり? あたしには日本に彼氏がいるのに、なんで二次元のゲームのキャラなんかに抱かれなきゃ駄目なのよ、マジ一昨日おととい来やがれってもんよ。

 だからあたしは考えたのよ。モブ子、あんた変わりに抱かれてあげてよ。

 どーせモブなんだから処女でしょ、ここでロストバージンしとかないと一生処女じゃん。やだぁあたしってば超優しー、きゃははは」

 彼女はもう壊れている……


 その時、ドアの外では『カン』『キィン』と金属が打ち合う音が聞こえていた。

 しかし興に入ったマエリスにはその音は聞こえないようだ。


 いま扉の方を見ると、私はきっと安堵で顔を緩めてしまうだろう。

 だからじっとマエリスの方を睨みつけるように見ていた、期待を決して顔に出さないようにと、気をつけながら……


 しかし彼女はぼぅと虚空を見つめながら、

「この夢どうやったら終わるのかなーってあたしは考えてたわけよ。

 それで気づいちゃった。

 あたしにとって想定外の動きをする奴。つまり、あんたを殺せば夢が覚めて元の世界に帰れるんじゃないかなーってね。

 だってさ、あんただけはあたしの夢の中で好き勝手に動いてんだよね。あたしの夢なのに自由に出来ない存在って、いったい何なんだよ!?

 ねぇあんたさぁ、あの白い悪魔なんでしょ?

 ほら、さっさと正体を明かしなさいよ! さあ!!」

 鬼気迫る表情のマエリスは私に近づくと襟首を掴んで力一杯前後に揺さぶり始めた。


 何も答えない私……

 するとマエリスは一言、

「もういいわ。あんたはいらない」

 それと共にドカッと突き飛ばされて私は地面に転がった。

 彼女は一瞬で顔に笑顔を張り付けると猫なで声を出した。

「先輩~。お・待・た・せっ。もう入っていいですよ~」


 しかしドアは開かない。

「先輩~ぃ?」

 やはり返事は無い。

 彼女の顔は再び豹変し『チッ』と舌打ちをして、「つかえねーなぁ」とボヤキながらドアに近づいていった。

 そしてあともう一歩と言うところで、鍵が外されてドアが開いた。

 一瞬で表情が笑みに戻るマエリス。そして猫なで声。

「おそ~ぃ」


 この時の私は……、祈るような気分でドアの先を見ていた。

 入ってくるのは果たしてどちらなのか……



 この一瞬は今までの中で一番長く感じられたわ。



 そして、ドアから入ってきたのは、剣を構えたフェルだった!

 ただしその表情はいつもの可愛い年下の男の子ではなく、鬼気迫る男性の表情だった。こんな男らしい表情かおも出来るんだと私の胸は激しくドキドキしていた。


 感極まって私は彼の名を叫んだわ。

「フェル!!」

 喜んで立ち上がろうとして、挫いた足が痛くて再び座り込む。


 一緒に現れた双子がマエリスを拘束すると、フェルが私に駆け寄ってきて、縄を剣で斬ってくれた。お礼を言おうとすれば今度はふわっと体が持ち上げられた。


 次の瞬間には私の目の前にフェルの銀髪がさらりと揺れていた。

 へ?


 これはもしかしてお姫様抱っこという奴ですか!?


 可愛い顔して、フェルには予想以上に力があった様で、彼はそのまま私を部屋から連れ出したわ。

 ひゃぁあフェルの癖にカッコいい!?


 ちなみにお姫様抱っこと言うやつは、私もフェルの首に手を回さないと実はつらいって言う事が分かったわ。

 颯爽と王子様に運ばれるだけじゃなくて、お姫様側もかなりの力が必要だったのね……


 山小屋から出るとやっと助かった事が実感できて緊張感を失った。そして安堵した私は不覚にも意識を失ってしまった。

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