27:拉致継続中

 私は引き摺られるように男が準備した馬車に乗せられた。

 それは平民が使う様なものではなくそれなりに豪華な馬車。しかし馬車の紋章は削られており誰の馬車かは解らない。馬車のドアは外から鍵が掛かるようになっており、窓は板で打ち付けられて開かないようになっていた。


 私が乗ると当然の様に外から鍵が掛けられた。

 馬車の座席は自分の物よりかなり質が悪く硬い、乗り心地は非常に悪そうだわ。


 私が乗せられてすぐに、馬車は走り出していた。



 まず外を見るためにと、私は打ち付けられている窓を開けようとしたわ。


 両手で力一杯叩いて、手がズキズキと痛み出すまで頑張った。だけどまったく開く気配は無し。外を見ることは出来なかったわ。

 手が駄目なら足はどうかしら。

 誰も見ていないからと、スカートが翻るのも気にせず座席に背中を預けると、足を振り上げて力の限りに踏み抜いた。一度目で木がめしっと軋む音が聞こえたから、そのまま何度かガンガンと蹴りつければ、バキィと音がして、ついに窓を打ち付けてあった板が割れて、隙間から外が見えるようになったわ。

 折角開いたのだけどそもそも窓が小さい事と、木と釘が残っていてここから出る事は出来ないわね。


 ちなみに窓を破った私は調子に乗って、今度はドアを蹴ってみた。するとドアの芯に金属が使われていたみたいで、足を軽く挫いたわ。

 ズキンズキンと足首が痛み始める。

 この怒りは当然私を攫った奴に向けて置くべきよね!?



 痛む足を座席に投げ出して窓の外を見ると、馬車は街道を外れてあぜ道のようなところを走っていたわ。

 シートが硬い上に道も最悪、乗り心地が悪いわけね。

 馬車の中を見るが何もない。唯一ある物は、いつも首に掛けているフェルとお揃いで購入したネックレスのみ。

 私は意を決してネックレスを外すと、ネックレスに付いていた小さな真珠をチェーンをちぎって取り外した。

 そして道が分かれる度に、ひとつひとつ心を込めて見つけてくれますようにと落としていった。



 最後の一つまで撒き終えるがまだ馬車は止まらない。仕方ないかと今度はチェーンを三つにちぎって落としていった。

 最後にお揃いのペンダントヘッドを落とすしかないと言うところで、馬車は山の中にある小屋の前に停まった。

 良かった……

 私は最後まで失わなかった雪の結晶をぎゅっと握り締めて安堵したわ。


 しかし貞操の危機か、生命の危機、またはその両方は未だに去っていないのよね。

 この状況をどうやって切り抜けるか……

 メレーヌが首尾よく助けを呼んでくれても、まだまだ時間は掛かるわよね。逃げるのはきっと無理、いまは時間稼ぎが最優先よ。




 鍵の掛かったドアを開けられて、私は男に引き摺られるように山小屋に連れて行かれた。山小屋は二部屋きりで、最初の部屋とその奥という簡素な造りだった。

 そして私は当然の様に奥の部屋に入れられたのよ。

 再び扉の外からは鍵が落ちる音が聞こえてきた。


 この部屋にある窓は高い上に、板で打ち付けられていたわ。背伸びしてもとても届かない高さ、あれじゃ蹴破るのも無理そうね。

 声の限りに叫んでもここは山の中、誰にも聞こえる事はないだろう。下手に叫んで犯人を刺激するくらいなら大人しくする方が良さそうね。

 やっぱりメレーヌ頼みだわ。



 時間にしてほんの十分程度だが、私にはかなり長く感じていた。

 外に馬車が停まる音が聞こえてしばらく、ドアの鍵が開く音が聞こえると、男が一人入ってきた。

 見覚えのあるその顔は、

「ジェレミー先輩……」

 彼はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。

 彼が来ることは何となく予想は付いていた。リオネルの馬車が倒れた後、護衛が付いたのはアントナン殿下だけだった。彼が馬車を襲った犯人ならば自分に護衛を付けるわけがないわよね。

 まあそれを逆手に取ってと言う線もあったのだけど、だったら護衛は二人に付くはずでしょう?



「あ、貴方は自分が何をしているのか解っているのですか!?」

 緊張から少し声が震えた。

 私が喰って掛かると、彼は無言で手を伸ばしてくる。あっという間に手が取られて捻り上げられた。

「ッ!」

 痛みを堪えている間に、背中で両手首に縄を掛けられて縛られてしまった。

 手を放されて、私がすかさず距離をとると、彼は同じだけ距離を詰めて来る。

 それが続き、背中が壁に当たったことが分かった。つまりこれ以上下がれない事を意味し、彼の手は私の頤をグィと上げて顔を近づけてきた。

 キスされる……と思うほどの近くで、ジェレミー先輩は、

「お前を殺せばマエリスが俺を選んでくれると言ったからな。悪く思うなよ」

 どうやら貞操ではなく生命の危機だったらしい。

 陵辱されないと思うと少しホッとした。


「まぁ死ぬ前に、少々楽しませて貰うけどな。

 俺はよぉ、普段クールな女が泣き叫ぶ姿が楽しくて仕方がねぇんだよ。

 お前はどんな声で泣いて俺を楽しませてくれるんだろうなぁ」

 クククと可笑しそうに笑うジェレミー先輩。

 まさかの両方の危機だった!?


「ゲスな男ね!」

「ふん、何とでも言えよ。

 すぐにでもやりたいとこだが、まずはマエリスがお前と話したいって言ってるから譲ってやる。話が終わったら覚悟しておけよな」

 そう言うと彼は「ぎゃははは」と下卑た笑いを残して部屋を後にした。

 ゲームの中の彼は熱血感の優しい先輩だったはずなのだが、それがどうしてこんなゲスな男になったのか……

 キャッチフレーズの『頼れるお兄様』はどこ行ったよ!?

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