25:まさか私が……

 年が明けた最初の日、国王陛下は城のバルコニーから新年の挨拶をしていた。その後ろには陛下の家族と、大公の家族が立ち並んでいる。

 前世のテレビで、正月に似たようなシーンを見ていたから、非常に分かりやすいのだけども……


 まさかそれに私が出席する事になるとは夢にも思わなかったわね。

 結婚はしていないので身分はいまだ侯爵令嬢なのだが、正式に婚約を終えているので私も出席する必要が有るそうで、年末から年始に向けて屋敷でゴロゴロと過ごすはずだった私の予定は全て潰れ去り、新年早々、日も昇る前から王宮に連れて行かれて身支度を行う羽目になっていた。


「こちらのドレスはフェルナン殿下からの贈り物になります」

 私の銀髪に映えるようにと言う配慮だろう、青と白を基調としたドレスを着せられた。

 確かに美しいドレスなのだが、どうせバルコニーでは防寒対策に外套を着るので観衆には見えないのよね。


 寒さを堪え、笑顔で手を振り続けた苦行は終わった。

 私は一旦ドレスを脱いで王宮で待機。この後、夜に予定されている新年のパーティーに出席して本日のお役目は終了の予定よ。



 勝手知らぬ王宮では所在なく、一番気が休まるフェルと一緒にサロンでお茶を飲んでいた。

 はずなのに……

 何故か王妃様がいらっしゃって同席する事になったわ。

 じぃとこちらを見つめてくる王妃様。


 少々居心地が悪くなった辺りで、執事がやってきてフェルを連れて行ってしまった。

「済まない、用事があるそうなので少し席をはずす。

 母上、ジルダをよろしくお願いします」


 ぽつんと残される私……

 その瞬間、王妃様はニィィと、何やら黒い笑顔を見せたような気がした。



 王妃様の御付の侍女によって紅茶が淹れなおされると、彼女はずずぃぃと私の方へと擦り寄ってきた。

 その距離はとっても近くて、どこかフェルを思い出す。

 流石は親子ね……



 そして彼女はニンマリと目を細めて、扇で口元を隠しながら私に問い掛けてきたのよ。

「ジルダ、少し聞いて良いかしら?」

「はい、なんでしょうか王妃様」

 さらにずぃと顔が近づき、王妃様の香水の香りに包まれる。

 近っ!


「あなた、子犬は好きかしら」

「はい、好きですよ」

 何の質問、これ?


「大きな犬はどう?」

 王妃様は、両手を広げて、それはもう凄い大きさだと表現している。そんな彼女が表現した大きさは、牛か馬かと間違う大きさだったわ。

 もう私が知る犬じゃないわね……


 しかし彼女の表情は真剣で、なんだかお茶目な方だな~と、少々好感度がアップしたわね。「大きすぎるのは少し怖いです」

 いくら犬でもその大きさはちょっとね。


「では小鳥は?」

「好きですね」

 今度は両手で丸を作るような動作だ。

 レアな王妃様の仕草が見れるのだが、これらの質問の意図は一向に分からない。


「熊のぬいぐるみは如何?」

「そうですね、大きな物はそれほど好きではありませんが、膝に乗せられる大きさなら好きですよ」


 一体何が聞きたいのかしら? と、思った瞬間に、

「ではフェルのことはどう思っています?」

 なるほど、私がフェルを小さな弟と見ているのに気づいての質問だったようだ。

 だから私は、

「とても可愛らしい方ですね」

 と、素直に答えたわ。


「それは好きと言う事かしら?」

「ええ好きです。私はたとえ母の命令でも嫌いな相手と婚約するつもりは有りません」

 これは本心、男女問わず可愛いは正義よね。


「では可愛いと好きならどちらになるかしら?」

「んっ……、可愛いでしょうか?」

 これには少し考えて答えた。だが最近は曖昧なのよね。


「つまり、いま一歩と言うところかしら」

「はい、7:3……いいえ6:4くらいでしょうか」

 聞き終えた王妃様は満足げな表情を見せると、すぅーっと離れていった。

 そして、その後すぐにフェルが戻ってきたわ。もう判った。つまりフェルの用事は、王妃様が仕組んだ事だったのね……


「戻りました。母上」

「フェル、もっと頑張りなさい!」

「はい?」

 突然、叱咤されたフェルは可愛らしく首を傾げて困惑していたわ。




 新年のパーティー会場にて、私はフェルとダンスを踊っていた。

 二人で向き合って、

「あら?」

「どうかしたジルダ?」

「いえ、なんでもないわ」

 平静を装って何とかそう返事をしたのだけど、内心では本気で驚いたわ。

 だって、今まで私とフェルは同じくらいの目線の位置だったのに、いまは少しだけ見上げなければならないのだもの。

 私は既に成長期は終わっているけど、彼は十五歳だからまだまだ伸びるのね。


 いつかフェルも男の子から男性になるのよね?

 しかし私の想像力はどうやら貧困な様で、その姿を思い描く事は出来なかった。

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