SideB③

 新聞に婚約発表が載ってから、王宮にて俺とジルダの婚約披露パーティーが行われる事になった。その準備に向けて、王宮内は途端に慌しくなっていた。


 男の俺は差し当たり特別な準備は無いのだが、ジルダの方はドレスの採寸やら色々な準備で忙しいと言う話を聞いて、母上からは「しばらく逢えないわよ」と言われていた。


 折角婚約したのに、自由に逢えないとは……

 しかしある日のこと、母上から、

「ああそうそう、今日ならジルダも開いてるはずよ。

 デートにでも誘ってみたら?」

 と、有無を言わせぬあの笑顔で笑いかけられたので、俺は早速、彼女を迎えに学園へと向かったのだ。




 馬車の停留所では、すぐにあの美しい銀髪を発見する事が出来た。

 よく見れば辺りにはまだ生徒が沢山いたので、俺は騒ぎにならないようにフードを被って馬車から降りると、そっと彼女に近づいていった。

 この前は驚かせて相当に怒られたので、今度はまずは肩を叩こうと手を出せば、その伸ばした手首を何者かにガシっと掴まれて力の限り締め上げられた。

 その痛みたるや相当なもので、俺は悲鳴を上げていた。



 どうやら俺の手を取ったのはジルダの護衛だったようだ。

 護衛の女性は顔を真っ青にして膝をついて謝罪している。この場合、忍び寄った俺が悪く護衛は悪くない。

 これは不味いなと思い、謝罪は不要だと言おうとすれば、先にジルダがそれを治めてしまった。

 そして彼女の矛先はすぐに俺に向いて叱られた……


 もちろん俺は悪かった自覚があったのですぐに謝罪すれば、彼女は可愛らしい笑顔を見せて許してくれた。



「それでフェルナン殿下は、一体何の御用ですか?」

 小首を傾げて問い掛けてくるジルダ。

 俺はとっくにジルダと呼んでいるのに、婚約した後も彼女の方では『殿下』がついているのが気に入らなかった。

 だから、「フェルナンだ。殿下はいらない!」と、名前で呼ぶように言ったんだ。


 すると彼女は一瞬だけ考える素振りを見せると、

「フェルナン」と呼んでくれ……、「……殿下」と遅れて言われる。


 ええっと落胆していると、彼女はクスクス笑っていた。

 ここで俺はからかわれた事に気づいて、少しばかり機嫌が悪くなった。


 しかし次の瞬間、ため息を吐きながら彼女は「フェル」と、もはや母上以外に呼ばれなくなった、愛称の方で呼んだのだ。

 まさかの愛称呼びに俺は動揺して、平静を保つ事が出来なかった。

 そしてジルダは俺が落ち着きを取り戻して話し出すまで、静かに待ってくれている。



 その余裕の顔を見ると、一人動揺している俺がなんとも不公平じゃないだろうか?

 ちょっと年上だからって、いつも余裕を見せてからかいやがって!


 いつも通り平静な彼女を少しは動揺させてみようと、俺は逢いに来ただけとは言わずに、あえてデートに誘いに来たと言ってやった。

 言い終えた俺は、自分の顔が真っ赤になっているのが分かって、何で俺が動揺してんだよと、自分で自分に突っ込みを入れていた。


 しかし当のジルダはというと、いつも通りの涼しい顔で変化なしだった。

 くそぉ……


 結局、彼女の動揺を誘えず、さらに断れると思っていたデートの誘いは、

「構いませんよ。それでどちらに連れて行って頂けるのですか?」

 と、まさかの了承を貰って驚いた。


 驚いて確認すると、機嫌を悪くしたジルダから、『殿下』呼びされる始末。

 しかし楽しそうに再び笑顔を見せてくれたので良しとしよう。




 さて、勢いで誘ったデートだからプランなんて当然ない。さらに令嬢嫌いで避けていたから俺にデートの経験なんてない。

 困った……


 まず先にジルダを馬車に乗せて一人になると、俺は馬車の前に座る御者に「令嬢が喜びそうなところを頼む」と、中に聞こえない様に小声で頼んだ。

 王宮に仕えるほどの御者だ、きっと何とかしてくれるだろう……



 行き先は御者に任せるとして、俺はジルダを動揺させることに専念することにした。

 そう。突然、彼女の手を握ってやるのだ!

 きっと驚くはずだ。


 気づかれない様に手をジリジリとジルダの方へゆっくりと移動させる。でも護衛の一人が見ているような気がしてしばし止まる。

 再びジリジリと……

 ガタンと馬車が揺れて、驚いて引いてしまった。


 うぅ、あそこまで行くのに五分くらい掛かったのに……

 再び五分掛けて進めば、目的地に着いたといわれて馬車を降りた。

 次こそは!



 そんなこんなで、まさかの手を握ることもなく、馬車はアルテュセール侯爵の屋敷へと辿り着いたのだった。


 別れ際に俺の婚約者様は、相変わらずばっさりと俺を切り捨ててくれた。

 悔しかったが、しかし手さえも握れなかった俺は甘んじてそれを受けようと思う……


 次回こそはと肩を落としたその時。

 スッと手を取られて、ふわっと彼女の甘い匂いに包まれたかと思うと、

「次回に期待していますよ、フェル」

 と、耳元で優しく囁かれた……



 気がついたら、俺は王宮に辿り着いていた。

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