21:初デート

 とある日の、学園帰りの停留所にて。

「はぁ? 馬車が故障したですって」

 屋敷の従者から報告を受けたイレーヌが馬車が故障したことを告げてきたのよ。

 そんな私の言葉が聞こえて、私が怒っていると思ったらしい従者は平謝りしてきた。


「大丈夫よ。貴方のせいではないのだから」

 そう言ってフォローしつつ、実は私は別のことを考えていたの。

 だってこのパターン、二度目よ?


「メレーヌ、イレーヌ。これから私を拉致しようとする不届き者が来るはずよ。

 周りの用心をお願いするわ!」

 私が突拍子も無いことを言い出したのに、彼女らはすぐに反応して辺りの警戒を強めたわ。


 そして、二分も経たないうちに、

「いててて!」

 不意に私に伸びてきた手を掴んだのはイレーヌ。


 その姿を見れば……

 うん、予想通りフードを目深に被った子ねずみが捕まったみたいね。


「一体何の用でしょうか?」

 私がそう問いかけて、彼のフードを取り去るとハラリとさらさらの銀色の髪がこぼれた。それを見てイレーヌは相手が第二王子のフェルナン殿下と気づき、彼女は慌てて手を放して膝を付いて謝罪したのよ。

 膝をつき、顔を真っ青にしているイレーヌ。

 そこで私は自分が指示間違いをしたことに気付いたわ。でも謝罪するとややこしくなると思ってむしろ強気に押したのよ。

「イレーヌは私を護ったのよ。気にせずに立ち上がりなさい。

 それよりも声も掛けずに女性に手を出そうとした殿下が悪いわ!」

 そう言いながらフェルナン殿下を睨みつけると、

「ご、ごめんなさい」と彼は素直に謝った。

 素直で大変よろしい!



「それでフェルナン殿下。一体何の御用ですか?」

 再びそう問いかけると殿下はそっぽを向きながら、しかし耳まで真っ赤にして、

「フェルナンだ。殿下はいらない!」

 そう吐き捨てたのよ。

 私の年下の婚約者様は、どうやら名前で呼んで欲しいらしいわね。


「フェルナン」「……殿下」

 フェイントを入れて呼ぶと、嬉しそうな表情が一転して暗くなり、むすっとした表情が可笑しかった。


 そして私は上機嫌のまま、

「はぁ、突然なんですか。うちの馬車を返したのはフェル、貴方でしょう?」

 と、彼の希望を一足飛びに超えて叶えてあげたのだった。


 それを聞いたフェルは真っ赤な顔で、「ふぇ、ふぇ、ふぇるぅ」と、言いながら立ち尽くしている。

 どうやら壊れたみたい?



 再起動までに少し時間が掛かったが、復活したフェルは「デートがしたい」とはっきりと言ってきたわ。

 恥ずかしげに顔を真っ赤にしたその姿はとても可愛くてキュンと来たわね。


 あれ、ちょっと待って!

 私が十七歳で、フェルは二つ下の十五歳。大丈夫、これならショタコンじゃないわよね?

 ヘンタイさんのお兄様と同類かと思って焦ったわよ。


 私はそんな内心を隠しながら、

「構いませんよ。それでどちらに連れていって下さるのですか?」

 と、年上の余裕を見せて返したわ。

 頑張った子にはご褒美を上げないと~、だしね。


「あれ、良いのか?」

「なんですかそれ。誘っておいていう台詞じゃないですよ」

 首を傾げるフェル。


「い、いや、駄目って言われるかと思ってたんだ」

「ふぅ、一体殿下は私をどういう目で見ているのですか?」

「うっ……殿下って言った」

「サービスタイムは終了しました、またのお越しをお願いします」

 私はなんだか可笑しくてクスクスと笑った。



 馬車の中は前回と違い、進行方向を向いて私、その隣にフェル。

 向かい側にはメレーヌとイレーヌが座っているわ。

 だから二人きりではなくてよ?


 しかし隣のフェルはやっぱり距離が近くて……、おまけになにやら緊張している様子。

 そして私はその緊張の理由にすぐに気づいたわ。

 どうやらフェルは私の手を握りたいらしい。


 さて、早々に気づいたのだけど、彼が一生懸命頑張る姿が可愛いのでしばらく静観することにしたのよ。

 だってね、手がじりじりと伸びて、馬車がガタンと揺れるとシュッと戻っていくのよ。

 年下の男の子って可愛いわ~って、あれ? いまの私ってなんだかヘンタイさんみたいじゃない?



 ちなみにデートではドレス、貴金属、靴にバッグと王都でも有名店を馬車で回ったわ。

 三時間ほど転々と店を回って夕刻になり、そのまま屋敷まで送って貰った。


 別れの挨拶の際、

「今日はありがとうございました。

 ただ、もう少し頑張りましょうですわ」と、伝えた。

 それを聞いたフェルはガクリと首をうな垂れる。


 経験不足でテンプレデートなのは仕方が無いとしても、最後まで手を握れなかったのは相当に減点だと思わない?


 だから私は、彼の手を指を絡めて引っ張ると、

「次回に期待していますよ、フェル」

 彼を軽く抱き寄せながら、そう耳元でそう囁いたの。


 私がスッと馬車を降りると、固まったままのフェルを乗せて馬車は走り去って行ったわ。

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