13:かむばっく! ミリッツァ様

 食堂で昼食を終えて教室に戻る際に、私は突然何者かに腕を引かれて知らない教室へと引き込まれた。

 悲鳴を上げる間もなく、口を覆われて……


 馬車に続いて二度目の拉致? と、あんまり焦っていなくてちょっと余裕めな自分の態度にちょっぴり驚いたわね。


 引っ張られる手が痛くて唸り声を上げるとその手が少しだけ和らいだ。

 おまけに多少は配慮したのか直接手で塞ぐのではなくて、間にハンカチが挟んであるのが余計にムカつくわ!

 いったい誰よと首を後ろに背けてみれば、


 へっ、アントナン殿下!?


 拉致経験の二回ともがこの国の王子とか、この国の将来は大丈夫かしら?


 まったくもう。

 日ごろ反目しあっていても流石は兄弟、やることが一緒なんですね……


 そんな不敬なことを考えているのが伝わったのか、アントナン殿下の表情は険しかったわ。

 まあ拘束されている私の表情も相当険しいと思うのだけどね!


 彼は私を掴んだまま、とても低い声でこう言ったわ。

「おい僕は減らせと言ったはずだが、なんで増えてるんだ?」

 おっと違ったわ。


 そう言われましても、私は口を塞がれていて答えることも出来ない。まぁ塞がれていなくても答えようはないんですけどね。


 開いている手で口を放せとジェスチャーすると、

「あぁすまない」と言ってやっと拘束が外れた。

 ぜぇはぁと酸素を取り込む。


 落ち着いた所で、乙女の唇が触れたハンカチはきっちりと回収させて貰ったわ。

 さてと!

「アントナン殿下! 今の行為は例え王子と言えど相当に非常識です!」

 そりゃあ文句の一つも出るわよね。

 これで話題が変わってくれればしめた物よ。

 しかし彼は謝罪はすれど、話題の切替には応じてくれず、再び問いかけてきたわ。



 それに対する私の答えは、

「一度減った人間がまた戻ってくるなんて、彼女の懐が広すぎて私にはとても想像できませんでしたわ」

 と、ちょっと持ち上げてから大きく下げる嫌味を言ったわ。

 しかし恋愛脳に侵されているアントナン様は、その言葉を好意的に解釈したみたい。


「そうだろう、あの優しさが彼女の美点なんだよ!」

 その後も聞いちゃいないのに、彼女の美点とやらを延々と話し始めるアントナン様。


 授業開始のチャイムが鳴るや、興奮してグイグイ気味な残念王子を残して私は早々にその場を後にしたわ。







 翌日の昼、学園の食堂は喧騒に包まれていた。


 どうせ最近の風物詩になりつつある、マエリスの隣争奪戦の延長でしょうと高をくくって騒ぎの方を見てみれば、その騒ぎの中心を見てゲンナリとしたのよ。


 なぜならマエリス軍団の男性陣が皆立ち上がり、一人の令嬢に向いていたから。


 よくよく聞けば、大したことではなかった。

 最初は順番を飛ばしただの、ちょっと肘があたって食事のプレートを落としただのって話ね。彼らが順番を飛ばすのはいつものこと、そして肘があたったのはもちろん偶然でしょうね。


 しかし落とした本人のマエリスが、

「この子に足を引っ掛けられたわ!」と言い張って、一人の令嬢を指差したそうだ。



 もちろんゲーム開始当初なら足を引っ掛けることもあるでしょう。

 でもねー、逆ハーエンドを迎えて取り巻きに、あれだけ逆らったらダメなヤバい奴らが居るってのに、いまさらまともな・・・・貴族がそんな直接的な行動をするわけが無いじゃない。

 だからこれはただの言い掛かりに違いないわ。



 以前ならこういったいざこざは、一番爵位が高くて王太子の婚約者候補筆頭だったミリッツァ様が治めていらしたのよね。

 でもミリッツァ様はもういらっしゃらない。

 さて今回はどうするのかしらね?


 そう他人事に考えていたのは私だけだったようで……


 じぃ─


 じぃぃ──


 じぃぃぃ───



 何故か集まってくるみなの視線。


 えっもしかして、私デスカ!?


 爵位で言えば、公爵の次は侯爵。

 ミリッツァ様無き今、同年代に私と同格もしくは格上の令嬢は不在。そして私には、婚約者のリオネルが居なければ、王太子の婚約者候補第二位だったという噂もある。

 あれ、これは期待されているの? それとも新手の苛めなの!?


 そっかー私なのかー。

 そう認識してしまうと、プレッシャーで食欲は一瞬で失せたわ。

 おまけに胃が痛くなって来て……


 うぅミリッツァ様、貴方の偉大さをいま、己が身を持って知りましたわ。



 王太子には一方的とは言え頼みごとを依頼されているのだから、きっとそんなに悪いことには成らないはずよ~と、自分を励ましつつ。

 私はしぶしぶと、間に入って仲裁したわ……



 当然、後で呼び出しになったわね。

「お前まで、なぜマエリスを苛めるんだ!?」とね。

 煩いわ馬鹿王子!

 しかしそんなことは言える訳も無く、

「あのままでは皆様の評判にも関わりますわ、差し出がましいとは思いましたが、頃合だと思って間に入らせていただきました」

 頃合ってなによ……、とか思ったら負けね。


 そう伝えればアントナン様は、なにやら納得した表情を見せて、

「ふむ、確かにそうだな、分かった。

 くれぐれもあの件は頼んだぞ」

 と、満足そうに去って行ったわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る