07:似たような手口

 家に戻った私はベッドでのたうち回りながら物凄く後悔していた。


 しまったわ、調子に乗って話しすぎちゃったわ……

 私が転生者だという情報を明かす必要は無くて、こちらだけが知っている情報にしておくべきだったわ。


 しかし今更出た言葉は無かったことには出来ない。

 相手にこちらの存在が知られてしまった以上、せめて自爆される際に巻き込まれないようにしなければ駄目よね。




 それから二日、特に何事もなく平穏に過ごした。

 強いて言うならば……


 朝の学園の廊下ですれ違ったのはリアーヌだった。

「おはようございます、ジルダお姉さま! お会いできて嬉しいですわ」

 すっかり以前の明るさを取り戻したリアーヌ。

 そんな彼女の後ろには、一歩はなれて鞄を二つ持ったシャルロが立っている。


『ジルダー』

「おはよう。

 ねぇリアーヌ、それは何かしら?」


 後ろのシャルロを差して聞けば、

「えっと、シャルくんは勘当されちゃったので、執事見習いとしてうちで預かることになりました」

 そこには満足げに頷くシャルロがいた。

 どうやら彼は第二の人生を歩み始めたみたいね。

『ジルダさん?』


「それでいいの?」

 と、もちろんこの『それ』には色々な意味を含んで聞いたつもりよ。


 でもリアーヌは、「大丈夫ですよー」と、とてもイイ笑顔でそう言ったの。要するに目の笑っていない貼りついた笑顔という奴ね。


 う~ん、この子も少なからず闇を抱えているみたいね……

『ジルダ様ー?』


 そんなリアーヌはすぐに表情を戻して、

「ところでジルダお姉さま、ソレは良いのですか?」

 振り返ってみたけれど、彼女が指差しているのは、虚空。


「何も無いじゃない」

「いえ、あの。さっきからリオネル先輩が……」


「誰のことそれ?」

『そんなっ、ジ、ジルダ!?』

 うん、私には何も見えない聞こえないわ!







 明日からは週末に入り学園は休みとなる。その前にきっとマエリスからアプローチがあると思っていただけに、肩透かしを食らった気分で屋敷へと帰ってきた。


 しかし屋敷に戻ってみれば、執事から手渡された手紙の中にデジャヴュを感じさせる封書が届いていた。

 絶対これアントナン王子の手紙よね……


 きっと以前に保留した件について回答を求められるに違いない。

 色々な意味での抹殺が怖くて、協力しないとはっきりと言えないのがつらいわ。


 体調不良と言うことで、パス……、は無理よね。

 実は用事が……、バレた時にもっと酷い目にあいそうだわ。


 結局私は、しぶしぶ指定された貴族のお茶会へ向かったのよ。せめて回答の期限だけでも延ばして貰わないとじゃない?




 案内された庭園では、予想通り誰も居なくて。

 はいはいデジャヴュデジャヴュと、この時の私は少々やさぐれていたと思う。


 そして入れられた紅茶に手を付けずに待つこと五分、やってきたのは……

 あれ?


 そこに現れたのは予想していたアントナン王子ではなくて、私の知らない、少しだけ年上の金髪美形の貴族青年がやってきた。

「お待たせしたかな、レディ。そして始めましてだ」


「始めまして、ミスター。私はアルテュセール侯爵家のジルダでございます」

 私の内心は心臓もバクバクと煩いほど動揺しているのだけど、貴族令嬢として教育されたジルダの部分が卒なく返事を返していた。


「へぇ若いのに良く出来たお嬢さんだ。流石は侯爵令嬢と言うべきかな。

 申し遅れたね、わたしはオーランシュ家の嫡男オディロンだ。本日は突然このような呼び出し方をしてしまって失礼したね」

 オーランシュ家と言えば、大公殿下の家名だわ。

 予想だにしないまさかの相手に私の緊張はさらに増すこととなった。


「オディロン殿下、私などにどういった御用でしょうか?」

 そういって様子を伺うと、彼はニコリと微笑みながら、

「殿下は不要だ。だが呼び捨ては君が困るだろうから、様と言うことで一つ頼むよ。

 それで用事なんだけど、ちょっと頼まれごとをお願いしたいと思っている。まずはわたしの昔話を聞いてくれるかな?」

 気さくな言い方の後、有無を言わさぬ口調に変わったオディロン様。

 先日の王太子の件といい、なんだか『うたかたの夢』って、こんなパターンばっかりね!

 そして私がこの後の展開を思って「ふぅ」と小さなため息をついたのは、仕方が無いと思うのよ。



 まず最初に、

「オディロン様の頼みごとが受けられるかどうかは、聞いてから判断させて頂いてよろしいでしょうか?」

 と、前置きしたわ。

 これを聞いて不敬だと権力を振りかざす人には見えなかったのよね。


 彼の回答は「もちろん」と一言だった。

 そしてお願いごとが語られたのよ。



 オディロン様が話した内容は、ゲームの設定には無かった部分で、聞いていてとてもワクワクしたわ。


 彼の話はクール眼鏡のケヴィン先生の件だった。

 ケヴィン先生は今年二十五歳。

 マエリスの件で離婚した元奥さんのフロリーア様は二十三歳、二人は私が通う学園の卒業生にあたる。

 三年生のケヴィン先生が卒業式の時、当時一年生のフロリーア様と付き合い始めて、二人はフローリア様の卒業を待ってご結婚したのよ。

 ゲームでは語られなかった二人の出会いが、まさかこんなところで聞けるなんてね。


 でも話はさらに続いたわ。


 ケヴィン先生が卒業して二年後、オディロン様が学園に入学してきた。

 その時に三年生だったフロリーア様に一目惚れしたオディロン様は、彼女に果敢にアタックしたそうなのだけど、先に出会って付き合っていたケヴィン先生には勝てずに身を引いたんですって。


「二人は正式に婚約していなかったからね、わたしもチャンスがあると思ったのさ」

 そう言って、少しだけ寂しげに語るオディロン様。


 しかし次の瞬間、その表情は一変したのよ。

 具体的に言えば怒りの表情へと。

「でもアイツは! あのくだらない小娘の色香に負けてフロリーア先輩を捨てやがったんだ!

 こんな結末になるって分かっていれば、あの時に俺は身を引かなかったさ!

 権力でも何でも使って無理やりでも俺の物にしたのに!!」

 一息に捲くし立てたあと、彼は今度は憑き物が落ちたかのように平静に戻った。


「すまない、少し取り乱したようだ」

 そしてオディロン様は、乾いた笑いを浮かべながら「興奮するとまだ俺って言っちゃうんだ。みっともないだろ?」と、苦笑したの。



 ゲームファンとして、こんな裏話を聞いておきながら否と言う返事はしにくい。しかし私のジルダ部分は冷静で、答えは前回と同様に保留すべしと警鐘を鳴らしていた。


「とりあえず伺っておきますが、オディロン様は結局なにを望まれるのですか?」


 ケヴィン先生の破滅、それともフロリーア様を救うこと?

 それともマエリスの……?


 殿下はとても低い声で一言、「あいつの破滅を」と、仰ったわ。

 あまりにもその声が怖すぎて、私はジルダの部分に頼ることなくその答えを保留したわ。

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