06:vsヒロイン①

 逆ハーエンドから二ヶ月、年を改める前に五人中二人が彼女の元を離れていった。

 もう一人で過半数を超えるのよね。


 これ以上減らすと逆ハーエンドの行く末を見守る楽しみが減ってしまうわ。



 しかし事態は私の知らないところで勝手に進んでいたようで、まず最初に裏ボスたる王太子アントナン様が秘密裏に私を訪ねてきたのよ。


 伝手の伝手の伝手辺りから来た手紙で、招待されたお茶会の会場へ行くと、見事な庭園には誰も居なくて、王太子のアントナン様だけがやってきたわ。


 そして彼はこう言ったのよ。

「僕の為に、君の知恵を貸してくれないか?」とね。

 流石は王子様と思えるほどに、ゲームの時そのままに甘い笑顔だったわ。


「どういうことでしょうか?」

 お相手は王太子、私だって流石に敬語を使うわ。


「端から見ていると良く分かるよ。

 君の働きでマエリスにまとわり付いていた害虫が二人も減った。

 だからまずは、ありがとうとお礼を……、そして続けて他の二人を同様に排除してくれないだろうか?」


「失礼を承知で申し上げますが、殿下は彼らを排除しなければ、ご自分が負けるとおっしゃっているのでしょうか?」

「はははっ殿下は止してくれ。

 いやそう言う意味ではないよ。ただこのままだと時間が掛かり過ぎるということだ。僕はそれを少しだけ早めたい。

 だから君に頼んでいるんだよ」

 彼の笑顔は決して崩れない。きっと王太子という自信から来ているのだろう。


 さらに王太子は続けたわ。

「もちろん無償とは言わないよ。

 僕の弟のフェルナンと婚礼を結べるように働きかけても良い。もし彼女や僕の義妹になるのが嫌なら、大公令息のオディロンを代わりに紹介してもいいよ。

 いま特定の相手がいない・・・・・・・・・君にとってきっと悪くない話だと思うけど、どうかな?」

 誰のせいよとは言わずにグッと我慢したわ。

 さて弟のフェルナン様は私の二つ下、そして大公家のご令息オディロン様は私の四つ上のお方だ。大公殿下は国王陛下の弟君だから、二人とも王家の血を引くお方で、婚約を破棄されたリオネルは伯爵だから数段上の相手だわ。

 本当に王族と婚約が決まれば私の不名誉なんて一発で消し飛ぶでしょうね。


 でも私は協力してあげない!

 返答はとっくに決まっているのだけど、ここで即答は不味いとジルダでない私の部分が言っていたわ。

 だから私は、

「答えは保留させてください」とだけ告げてその場を去ったのよ。


 誰も目撃者が居ないあんな状況で断ったら、絶対に命に関わるに決まってるわ!



「いいけどね、そんなに待つつもりは無いよ」

 ひぃぃ、これって死の宣告かしら!?







 その翌日、学園の廊下でばったりと出会ったのはヒロインのマエリスだった。


 私に用があるわけもなく当然無視して通り過ぎようとする。

 しかしうは問屋がおろさないとばかりに、彼女は私を足止めして食って掛かってきたのよ。


「ねぇあんたさぁいい加減止めて欲しいんだけど?」

 流石は平民の子ね、言葉遣いがまったくなっていないわ。

 それに、藪から棒に何を言いがかり付けてるのかしら。

 言いたいことは色々とあったのだけど、私が取った行動は無視・・だったわ。


 スイっと彼女を避けて教室に戻ろうとすれば、

「ちょっと無視すんなよ!」

 廊下の壁を片足で蹴り上げて私の進路を阻むという、どこぞのヤンキーかと思うような態度を見せたのよ。


 流石にこの態度は許容することが出来ず、私は仕方なく口を開いたの。

「貴女、マエリスと仰ったかしら?

 以前にもミリッツァ様がお話されたと思うのだけど、格下の者から格上の貴族に声を掛けるのは不敬なのよ。ついでに言うと私はあなたと親しくもない。そんな相手に一方的にこんな暴力的に絡まれるなんてもはや悪夢よ。

 ねぇ。私、いいえ私たちは何度も同じことを言いたくないの、理解したならその足をどけて頂けるかしら?」


「侯爵令嬢風情が生意気なっ! あたしはお姫様なのよ!」

 確かに逆ハーエンドを迎えた場合の設定ではそういうことになっていたわね。


「だから何、言うなればあなたは倒産した会社の娘でしょう。幼い頃に社長の娘だったことに、今さら何か価値があるとでも思ってるのかしら?」

 そして口に手を当ててフフフと笑ってあげたわ。

 今がパーティ会場でドレス姿だったなら扇があったのに、残念よね。



「口が減らない女ね、どうせあたしの美貌に嫉妬してるんでしょ?

 だって婚約者をまんまと取られてるんだもんね、モブ・・モブ・・らしく出番が終わったらさっさと消えなさいよね!」

 ここで私は『モブ』と言う言葉の違和感に気付いたわ。

 私のジルダの部分だけだったならまず理解が出来ないその言葉は、この世界には存在していない単語なのだ。

 それを言った彼女は、つまり私と同じ転生者ということ……



 このときの私は、自分でも相当冷めた表情を見せていたと思う。

 そして私はここだけははっきりと、彼女に聞こえるように言ってやったの。

「貴女にもゲームの記憶があるのね」


 それを聞いたマエリスは驚きの表情を見せている。

「お、お前にも日本の記憶があるの!?」


「貴女は礼儀が無いのかしら、侯爵令嬢を相手に『お前』とか、まったく言葉遣いが酷すぎるわ」

「いまはそんなことを言ってる場合じゃねえだろ! あたしはお前にもこれの記憶があるのかって聞いてんのよ!」

 焦りを隠せないマエリス。


「有ったら何だというの?

 それを知ったとして貴女のやったことが正当化されるとでも言うのかしら」


「正当化ってなんだ、あたしは記憶どおりにゲームを攻略しただけよ。

 だって仕方ないでしょう?

 ほかにやることがねーんだよ。ゲームを攻略すればこんな夢みたいな世界から抜け出せると思ってたんだ。

 なのに……ゲームは終わらない。しかもあたしの邪魔をするお前みたいな奴まで出てきやがった。

 なぁ何だよこの世界は!? お前なんか知ってるんじゃないか!?」

 それは悲痛な叫びだった。


 でもそんなあなたの都合なんて、私は知ったことじゃないのよ。

「いい。私がモブなのはゲームの間だけ。でもねゲームはエンディングを迎えてもう終わったの。悪いけれど終わった後まで私はモブのままいるつもりはないわ。

 それよりも、ねぇ? あなたには前世の記憶があるんでしょう。だったら五股した女がどういう扱いになるのか、少し真剣に考えてみたらどうかしら?

 相手は王族と貴族よ、誰を選んでも手遅れじゃないかしらね」


 すると彼女は青ざめ、

「ぜ、全員と愛を誓ってるのよ!」


「それは男性からの一方的な話よね。貴女の非常識な愛はいったいどなたに向いているのかしら。

 それに……、もう全員じゃないわ。あと三人よ?」

 そう言い終えると、私はクスクスと笑いながらその場を後にした。

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