05:マッチとポンプ

 今回は遠隔で人づてと言うことも有り、その効果が現れるには少しばかり時間が掛かったみたい。それでも二週間経つ頃には、エモン子爵家の資金繰りは相当厳しいところまで追い込まれていたみたいよ。

 まぁ本当にたまたまなのだろうけど、エモン子爵領に隣接する五つの貴族領全てが我が侯爵と懇意だったのがエモン子爵の最大の不運でしょうね。



 周辺貴族との交渉、自領の値上げ、借金の交渉などなど。

 散々に手を尽くして、いよいよ立ち行かなくなったところでお兄様はエモン子爵に出向いて甘い言葉でお金を貸しつけて少なくない利益を上げたみたい。

 あらやだ、マッチポンプじゃないの、これ?



 そしてさらに二週間、本日は三度目の借金のお話。

 このような治世の席に、女の私が同席していることがおかしいと気づかないほどに、エモン子爵は最初から取り乱していたわ。


「アルテュセール侯爵閣下には大変お世話になっております。

 隣接する領地の貴族らにも、再三税の改定を要求しているのですが、未だに良い返事が得られずほとほと困っております。

 申し訳ないのですが、今一度お手をお借りしたいと思っております」

 初めて見たが、真っ青で終始嫌な汗を拭っている小太りの子爵は、生理的に嫌なタイプね。同じ子爵でもダンディーだったリアーヌのお父上とは比べるべくもないわ。


「貸すのは構いませんが、二度に渡ってお貸しした額はもはや相当の金額になっていますよ。失礼ですが、エモン子爵に返済の充てはあるのでしょうか?」

 平然とした表情で白々しく答えるお兄様は悪魔ですわね。


「うっ、そ、そうですね。

 我が領地にあります、森林と鉱山の収益から何とかお返しする所存です」

 子爵領で得られる物は主にその二つしかない。

 他には食糧などもあるが、それを売れば此度の件で税を上げた住人に影響が出るうえ、いずれは暴動にまで発展するかもしれない。そしてそれは本位ではないので、お兄様もさじ加減を間違えないように慎重に指示を出しているはずだ。


「失礼ですが、それらの資源の概算をこちらでも行ってみました。

 毎年収益の半額を納めたとしても、返済までに十五年以上掛かる計算になります。

 それでも子爵閣下は、まだ返済が可能だとおっしゃるのですか?」

 初めて聞いた被害額の情報。領地管理が分からない私でさえ、その返済の年数がもはや立ち行かない状況だと言うのは理解できたわ。

 下手をすると領地が取り潰しになるレベルじゃないかしら?

 これはちょっとやりすぎよ。


 実情を他者であるお兄様の口から聞かされた子爵の顔色は、真っ青を通り越して真っ白でもはや見ていられない。

「ねえお兄様、私から提案があるのだけど良いかしら?」


「何かな私の・・ジルダ?」

 私の名前の上によく分からないモノが付いていたのだけど、話が進まないのは困るのでとりあえずそれは無視して話を進めたわ。


「これ以上資金を貸しても返済は不可能でしょう?

 でしたらアルテュセール家の名で、周辺の貴族らへ働きかけて差し上げたら如何かしら」

 このネタを知らなければかなり困難な提案だと思うだろう。しかしネタを知っている私からすれば、出来ないわけが無い。

 だって自分で指示したことを撤回させるのだから、出来て当然よね?


 それを聞いたお兄様は少し考える素振りを見せ、対して子爵は目を見開いた後に意味を理解して破顔した。

 そして子爵は、

「ぜ、ぜひとも!

 ぜひともお願いいたします!!」

 と、私とお兄様の二人に頭を下げたのだった。


 しかしお兄様は、冷笑を浮かべながらはっきりと「いや、残念だがそれはできないな」と言い捨てた。

 その返答を聞き、子爵が絶望の表情でお兄様を見つめている。


 しかしそれを受けたお兄様は、とても満足げに話を始めたのよ。

「私の可愛いジルダが婚約破棄されたのは知っているだろう。

 ジルダの元婚約者のリオネルが熱を上げた相手は、同じく貴方の子息が懸想けそうしているマエリスだ。

 エモン子爵、私はね。端的に言えばあの小娘を憎んでいるのだよ。

 そんな小娘に熱を上げている令息の家の為に、我がアルテュセール家がなぜ手助けをしなければならないのかと、そう思わないか?」

 これが決定的な言葉だった。


「分かりました。いまこの瞬間からシャルロとは離縁いたします。

 ですので、ぜひともお口添えをお願いいたします」

 子爵の決断はとても早かった。

 領地の行く末と世継ぎでもない次男を天秤に掛ければ、当然の結論だろう。



 これで二人目。

 さぁ~て、あのヒロイン様はどう出てくるかしらね?


 少しばかり機嫌が良くなった私は鼻歌を口ずさみながら、

「そうそう、お兄様。

 今後は私の名前の上に勝手に変なモノをつけないで下さいね」

 気分が良いのでほんの少し釘を刺すだけで許してあげたわ。





 後日、一連の話を聞き終えたビノシュ子爵閣下はとても愉快に笑っていた。しかしリアーヌは涙ぐんで、「シャルちゃん可愛そう」と呟いていたわ。


「もし彼を許せるのなら、今後は貴女の自由にしたらいいと思うわよ。

 ただし無条件はダメ。けじめはちゃんと取らせなさいね」

 私はリオネルを許さなかったけど、優しいリアーヌならまた違った決断が出来るんじゃないかしらね。

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