03:お金vs真実の愛

 私が婚約破棄されたことに、お父様やお兄様は大層ご立腹で、伯爵家に対して経済的な報復を行ったらしい。つまり、そちらに繋がる街道での通行料の大幅に値上げしたのだ、この行為により、かの領地は一気に物価が高騰して立ち行かなくなったらしい。

 一体いくら上げたのかしら……


 税金が上がってから数日後、ベネックス伯爵閣下自らが息子のリオネルを連れて、我が家を訪ねてきた。

 なお、伯爵が来るや否や、お父様とお兄様の二人が『帰れ、帰れ!』と騒ぎ出して困り果てたのよね。それを治めたのはお母様で、やっと屋敷に通されたベネックス伯爵閣下はとても安堵していたわね。


 私が部屋に入ると、ベネックス伯爵閣下の隣には元婚約者のリオネルがソファに座りもせずに立たされていたわ。

 私が着席して話が始まった。

「ベネックス、何のようだ!?」

 開口一番ケンカ腰のお父様。

 確か伯爵とは幼馴染の親友だったはずなのだけども……

 お父様も娘溺愛のヘンタイだったのね。娘相手にはシスコンの様な言葉が無いのが悔やまれるわ。


 謝罪の言葉をひとしきり言った後、伯爵閣下はさらに続けたの。

「うちの愚息の処遇はもちろんお任せいたします。

 それで解決できる問題とは思いませんが、なにとぞ寛大な処置をお願いいたします」

 そしてかの領地に存在していた鉱山を一つ、譲渡する書類を差し出してきたわ。


「我が娘の不名誉が、鉱山一つでどうにかできると本気で思っているのか?」

 このときのお父様は視線で人が殺せるかと思ったわ。

 伯爵は真っ青になっている、しかし私はいまや彼に執着も無ければ、前世の緩い感覚も持っているから、それほど不名誉に思っていないのよね。

 また新しい人を探せばいいじゃないかと。

 しかしそれを口にするには、いまのお父様とお兄様は色々な意味で怖すぎるわ。


 謝罪を一切受けるつもりの無い怒り心頭のお父様たち、しかし何とか税を戻して欲しい伯爵閣下。平行線のままずっと続くかと思ったこの話についに終わりが来たのよ。


「申し訳ございません。少しだけジルダと話しても良いでしょうか?」

 リオネルが何とか発したその言葉に、やくざと化したお兄様が、

「なに俺の妹を呼び捨てしてんだ! だいたいお前に発言する権利があると思ってんのか、あぁん!?」

 と、下っ端丸出しのいちゃもんを付けたのだけど、そこは私がすかさず許可したわ。

「いいわよ、聞いてあげるわ」

 だって話が進まないんだもの、仕方がないじゃない。


 リオネルはまず、自分が一方的に婚約を破棄したことを謝罪してきたわ。

 そして、『虫が良い話だけど、領地とは関係がなく出来れば俺に対して罰をくれないだろうか?』と、提案してきたの。


「だったらまずは、お小遣いカットから始めてはどうでしょうか?」

 そう言った私にお兄様以下大人たちはポカンとした表情を見せたわ。それはもちろんリオネルも含まれていて、『そんなことで良いの?』って感じかしらね。


「貴方は真実の愛に目覚めたのでしょう?

 先ほど貴方が言ったのと同じことよ、それには領地は関係ない。だったら貴方は領地の力を使わずに個人で勝負すべきよ。

 その愛が本物かどうか、お試しになると良いかと思いますわ。

 だからお小遣いカット、私、間違っているかしら?」

 家の後ろ盾と金を失って、なおあの女を愛せるか、または愛されるかを知れば良いわ。


 そしてその変な提案は通り、リオネルはお小遣いカットとなった。







 初夏のダンスパーティーから二週間後、長かった夏休みが終わって学園が始まった。

 その頃、ヒロインのマエリスを取り巻く男が一人減っていたわ。


 元婚約者のリオネル。

 お小遣いをカットされたリオネルは、彼女へ贈る品も買えず、デートに誘うことも出来ず、次第に他の取り巻き達との差が開き始めていつしか彼女から無視されるようになっていた。


 そしてリオネルは、

「ジルダ、すまない!

 俺にはやっぱりジルダしかいない」

 たったの二週間で根を上げて戻ってきた。

 でもね。頭を下げながら泣きそうな顔を見せるリオネルに、少しばかりいらっと来た私ははっきりと言ってやったのよ。

「返品は受け付けないわよ。

 真実の愛とやらを探しにいっそ放浪の旅にでも出てみてはいかがかしら?」

 彼を盲目的に愛していたジルダのままならば、もう少し違った回答もあったかもしれないけれど、いまは前世の記憶を持つ異物わたしがいるの。

 そして私は貴方の事なんて何とも思っていないから、今更戻ってこられても困るわ。


 唖然とするリオネルを置いて私は自分の教室へと戻って行ったわ。


 マエリスの取り巻きが一人減ったことが学園中の噂になるまでにはそれほど時間が掛からなかった。

 彼女からすれば、金と権力を失った哀れな令息を切っただけのこの行為。しかし周りの評価は違ったようで、つまり、彼女の美貌に任せた絶対的な統制の揺らぎ、果ては狭量な態度に対する批判にまで話が流れていった。


「マエリスは金と顔だけしか見ていなくてまるで情が無いみたいだ」

「最後に選ぶのは地位と金の量で決まる」

「彼女は結局、金しか愛さない」

 と、まぁこんな感じだったわね。


 マイナスとなるこれらの評価を受けて、取り巻き連中が自力で目を覚ますのが一番良い解決方法なのだけど、それで解決するのなら彼らが逆ハーなんて馬鹿な舞台に上がる訳は無い。

 そうね、後一人。

 そうなれば彼女もきっと焦り始めるはずね。


 でも待って……

 下手に切り崩すより、このまま放置しておいて、彼女がどうやって多数の恋人に取り繕うか見るほうが楽しめるんじゃないかしら?

 逆ハーなんてクリアした後は、ただの五股女でしかないのだから……

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