02:忘れる前にメモを取る
記憶が混濁している状態で、色々な判断を行うのは不味い。
そう思った私は記憶の整理の意味も含めて、ノートに情報を羅列してみたわ。
まずは忘れてしまう前に、前世でプレイしたゲーム内容を羅列し始めたの。
ヒロインの名前は自由設定。この世界のヒロインはマエリスと言うらしいわね。
ヒロインは平民育ちで、成績優秀の特待生として貴族だけが通う学園へ転入してくるという設定だったわ。
確かルートによって出生が変わるはずで、『逆ハーエンド』の場合は、戦争で滅んだ異国のお姫様という設定だったわ。
他国との戦争で滅ぶ際に幼い娘を使用人夫妻に託して逃がし、巡り巡って何とかこの国にやってきたと言う感じだったと思うわ。
まあ元がお姫様でも、自国は既に滅んでいるのだからこの国ではやっぱり平民よね?
しかし彼女、これからどうするのかしら?
この国は一夫多妻制でもなければ、多夫一妻制でもない。普通に婚姻を結べるのは一人だけなのよね。
本能の赴くまま、ちやほやされたい為に皆を攻略したヒロイン。そして逆ハーになったこの状況。
ゲームではここで終わるけど、よくよく考えてみればこれってただの五股よね?
この後に彼女はどのように身を振るのか大変見ものだわ。
王太子を振れば不敬罪に当たるだろうし、かといって他も貴族令息でおまけに学校の教師まで含んでいるのよね。
彼女がどのように始末をつけるか、楽しくて仕方が無いわ。
続いて攻略対象について思い出してみたわ。
筆頭はこの国の『王太子』アントナン様、ゲームでは必須の王子様キャラね。
学年はヒロインと同じ二年生よ。
特定の婚約者は居ないけど、婚約者候補の筆頭として同い年の公爵令嬢ミリッツァ様が上がっているの。ちなみに次席は私だったのだけど、幼少より親同士が決めた婚約者が居たので対象外になったのよ。
しかし逆ハーの一員になるような馬鹿が次期国王になるかと思うと、この国の将来を悲観せざる得ないわね。
優秀だと噂の二つ年下の弟が王太子になればいいのにねって、これは不敬に当たるからノートから削除っと。
次は私の元婚約者で伯爵令息のリオネルにしときましょうか。
学年はまたまたヒロインと同じ二年生で同じクラス。ついでに言えば私も同い年で同じクラスよ。
彼は明るく気さくな同級生と言う位置づけのキャラで、苛められたヒロインを慰めてくれる癒し的な存在ね。
キャッチフレーズは『仲の良いクラスメイト』だったかしら?
言うまでも無いけど婚約者は私、アルテュセール侯爵令嬢のジルダ。私たちは領地が隣で親同士が仲が良かったから、生まれた時に婚約を結んだの。
リオネルはキャラ設定どおり、人当たりが良くて常に笑顔を絶やさない好ましい性格だったわね。あとこれは攻略キャラ全般に言えることだけど顔がとても整っているわ。
三人目は熱血先輩のジェレミー様。
先輩キャラなので当然三年生ね。
お父上が王国騎士団長を勤めていてバリバリの英才教育を受けているわ。将来有望な騎士になると言われているのよ。
彼には特定の相手は居ないけど、身分の低い子爵や男爵の令嬢らから人気が高いわね。 キャッチフレーズは『頼れるお兄様』だったはず。でも前世の私もジルダも、彼はただの暑苦しい先輩って感想で意見が一致してるみたいよ。
四人目は『小動物系後輩』の子爵令息シャルロ。
この子は一年生よ。
彼は草食系を思わせるおどおどした仕草と、幼い顔立ちが売りね。
先日、パーティで話した子爵令嬢リアーヌとは幼馴染で仲が良く、正式に婚約は交わしていないけど将来を約束しているって設定だったわね。
最後の五人目は、『クール眼鏡』の教師ケヴィン。
年齢は二十五歳の辺りだと思うわ。
爵位は侯爵で、最悪なことに彼は妻帯者なのよ。
私のジルダでない部分の記憶によれば、このキャラのお陰で若年層以外のプレイヤーにも人気が出たと言う話があるわね。
ただし十代前半だった私には理解できないキャラだったのだけども……
大人の女性は不倫って言葉に萌えるのかしら?
さてとゲーム情報は以上かしら。続いていまの私であるジルダのことを纏めてみましょうか。
私のジルダたる記憶では、どうやらリオネルの事がとても好きだったみたい。
しかし彼はジルダを捨ててヒロインに行ってしまった。
最初は些細な事だったはず、『ジルダはあまり笑わないね』だったのが、『あれ面白くなかったかい』になって、最後は『マエリスは笑ってくれたのに』に変わったわ。
同じ話を何度も何度も何度も何度も聞かされたら笑えるかっての!!
ねぇ……、一体どこが好きだったよジルダ?
まあ攻略キャラの彼に比べて私の外見はモブだから普通だけどさ。でも寝取られ役のモブ令嬢とは言え、私は名前と設定があるキャラだから背景に混じっている烏合の衆に比べればマシでしょ。
あっそう言えばリオネルの攻略難易度が低かったから、ジルダとの絡みは少なくて正直あんまり印象に残っていないわね。
つまり並みよりやや上、しかし印象の薄い顔ってことかしら?
内面はって言うと、ジルダの記憶によると学力や体力は至って普通みたい。でも知識は前世の記憶が入ったから、きっと抜きんでてるはずよね?
趣味はあれど特技と言えるほどでは無く、家庭的かと言うとそうでも無く、つまりジルダには特徴らしい特徴は無いみたいね。
あれ? これじゃ私振られて当然じゃないかしら……
ち、違うわ!
危ない危ない。これはゲームのシナリオでそう決まっているのだから、私がリオネルに振られるのは運命なのよ。
決して私が悪いわけじゃないわ!
そのくだらない運命のお陰でジルダは振られたわ。
彼の振られた時、前世の私と混じっていない純粋に彼を愛していたジルダだった。泣きたいのにジルダは自分の事は二の次で、一方的に婚約を破棄されたことで、侯爵家の名誉が傷ついたと思ってお父様に謝罪したのよ。
私ってば超偉いわ!!
そこで登場するのがゲームにも設定にも居ない、年の離れたお兄様。
七つ離れたお兄様は妹のジルダにとても優しくて、『あいつぜってぇ許せねえ、絶対に報復してやるぜ』って貴族らしからぬ口調で息巻いちゃったのよ。
優しいお兄様を怒らせてしまったってジルダは葛藤していたわ。
でも今は前世の記憶と程よく混じったお陰で恋心はすっかり薄れ去り、むしろ『いいぞもっとやれ』って感じになったわね。
なんせ伯爵令息が侯爵令嬢に言い掛かりをつけて一方的に振ってくれたんですもの、その報いはキッチリと受けて貰おうじゃないのよ!
そして本日。
「ジルダ! ジルダ!」
私の部屋のドアを名前を呼びながら、すわキツツキかと思うほど「コンコンコン」と、素早いノックを繰り返すお兄様。
「聞こえていますから、少し落ち着いてください」
そう言ってドアを開ければ、お兄様は私を押しのけるように入ってくる。
そして大きくスゥと深呼吸をして……、ものすご~く甘美な恍惚とした表情を見せたのよ。
妹の部屋の匂いを嗅いで悦に浸るとか、どうやら私のお兄様は想像以上のヘンタイさんだったようね。
……前世の私によって、大好きだったお兄様に残念な属性が追加されてしまったわ。
「ジルダ聞いてくれ!」
「はいはい聞いてますよ」
だからこれ以上近づかないで欲しいわね。
「そ、そうか?」
「早く要件を仰ってください」
「あ、ああそうだな。
実はな、ついに俺はベネックスへの制裁を終えたのだ!」
ベネックス伯爵、つまり私の元婚約者リオネルの家だ。
ここ数ヶ月、なにやら領地内を走り回っていたのは知っていたけれど、何をやったのかしらね。
「お兄様は抽象的すぎます。具体的に教えて頂かないと分かりませんわ」
妹の部屋か、それとも制裁の内容か、いぜん興奮気味のお兄様にそう促すと、彼は興奮冷めやらぬまま自慢げに言葉を続けた。
「ベネックスへ抜ける馬車の税を上げたのだ!」
それはもう見事なドヤ顔だったわ。
いま言う前に大きく息を吸ったわよね?
う~んおかしいわ。私のジルダの記憶では、聡明で表情が余り表に出ない、クールでスマートなお兄様のはずなのに。
なぜ私が見るとこんなに残念になるのかしら……
馬車の税を上げることに何の意味があるの解らず、私はより詳しい説明を求めた。
ここを通る馬車の通行税が増せば、あちらに入る荷の値段が上がる。それによりベネックス伯爵領では、食料や布、それに本などこちらの領地から入れている物資が軒並み値上がりするだろう。さらにあの領地から他へ出す品も自ずと高くなるはずで、相当の打撃を受けることは容易に理解することが出来た。
「そんなことをすれば関係が悪くなるのではなくて?」
ベネックス伯爵領から我がアルテュセール侯爵領へ出されている品も数多くあるだろうし、入れる品も少なくは無いはずだ。
それに隣接する領地なのだから、関係が悪いことはお互いによくない結果を生むのは容易く想像できてしまう。
しかしお兄様は、呆れた表情を見せてこう言ったわ。
「可愛いお前が婚約破棄される以上に関係が悪化するわけが無いだろう!!」
このシスコン、真顔だったわ。
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