逆ハーエンドのその後は?
夏菜しの
本編
01:プロローグ
数年にも及ぶ闘病生活の末に私はついに病に倒れた。十代前半に余命数ヶ月と言われてから二年半、かなりがんばったと思うわ。
いざ死んで見ると、ここが死後の世界と言うやつなのか、一面が真っ白い雲ような世界へと足を踏み入れていた。
行くあてもなくそこで途方にくれていると、目の前に光の柱が降りてきた。
その光と共に現れたのは、美形といって差し支えない金髪の男の天使だった。背中には一対の大きな白い翼、頭には金の輪はないのだけど、明るい金髪が綺麗なキューティクルの輪を作っているので許容範囲としておこうかしらね。
しかしどれだけ美形でも彼は天使だ……
「普通こういうときは神じゃないかなぁ?」
そんな失礼なことをポロっと漏らしたのは、もはや痛みと無縁になった開放感の現われだと思って許して欲しいわ。
そしてそんな失礼な言葉を聞いても、目の前の天使は笑顔を崩さずに紳士的な対応をしてくれた、マジで天使だったの。
つまり、
「寿命をまっとう出来なかった貴女に少しだけサービスです。
失った時間の間だけ、『うたかたの夢』を提供しましょう」
そして私は柔らかな白い光に包まれていた。
※
私が再び目覚めたとき、そこでは学園の初夏のダンスパーティーが催されていた。
再び目覚めたと言うには語弊があるわね。
私が、私だと思い出したのが、今この瞬間だといえば良いかしら?
それに私が気づいた時、日本での苦しい闘病生活、そしてあの真っ白な世界、最後にこの世界での今まで過ごした記憶が、一気に流れ込みぐちゃぐちゃに混ざって、その情報の多さに私は立ちくらみを起こしてしまった。
クラクラっとふらつく私を支えてくれたのは、一つ下の学年のビノシュ子爵令嬢リアーヌだった。
「だ、大丈夫ですか、ジルダ様!?」
「ありがとう。大丈夫よ」
そう、私はアルテュセール侯爵家のジルダ。ここは私が生前にプレイしていたゲームの世界に違いないわ。
天使がくれた『うたかたの夢』の舞台が、私が大好きだったこのゲームの世界なのだろう。
余命数ヶ月の宣告を受けた私は病室での暇に任せて遊び倒し乙女ゲームに嵌った。最初に手に入れた二作目から、戻って一作目を。そして二年後に発売される予定の新作、それをプレイしクリアする為だけに必死に生きた。
そして最後の三作目、それの最高難易度と言わしめる『逆ハーエンド』をクリアした瞬間に気を抜いた私は容態が急激に悪化、そのまま天に召されたと言うわけだ。
死因は──
ゲームクリアによる安堵死かしら?
感慨深く自分の前世を思い出す私は、きっと憂いのある表情を見せていたと思うわ。
と、ちょっと待って……
いま私がいるこの集まりってもしかして初夏のダンスパーティーなのよね?
その疑問に対する答えは、ジルダの記憶が『そうだ』と告げているから間違いなさそうね。そしてもう一つの記憶、つまり前世の記憶が、このシーンは
混濁した記憶の中を、私は出来る限りゆっくりとそして丁寧に遡ってみたわ。
すると、色々と思い出せることがあった。
つまり私が転生した侯爵令嬢ジルダは、ヒロインに婚約者を取られるモブキャラだったのよ。
よりによって転生した瞬間が何でゲームのエンディングなのよ!?
婚約者はとっくに奪われていて挽回のしようがないじゃない!!
こんなの悪夢よ。くそぅあいつ天使面してたけど、実は悪魔だったのかしら!?
そんな私の目前では、今まさにエンディングの最高潮になるシーンが再現されていた。
「ジルダ様、ショックなのは分かりますが今は耐えてください!」
これは立ちくらみを起こした私を心配した声ではない。
目の前で行われるこのシーンに対する言葉だと、私は理解した。
ヒロインを五人のヒーローが囲み、彼らの視線は憎々しげにたった一人の悪役令嬢に向いていた。その立ち絵はゲームのまま、まるで騎士に囲まれるお姫様の気分だ。
ただしそれはヒロインサイドの視点。
相対するミリッツァ様はきっと針のむしろでしょうね。
ミリッツァ様は平民出身のヒロインに対して、事あるごとに厳しく接していた。
彼女は時には無視をし、時には叱りつけた。
イベントを回収するために歩いていると、やたらと勇ましいエンカウントの音楽と共に彼女が現れて厭味を言って去って行く。イベントは回収できず、疲労値だけが増えるお邪魔キャラ。
その溜りに溜まった鬱憤を晴らすのが、スケ管を完璧にこなした真エンド、『逆ハーエンド』のこの瞬間だ。このシーンでは攻略したヒーロー全員が、悪役令嬢のミリッツァを一斉に糾弾する。
そして彼女は学園を追われる。
前世の私の記憶でも、散々悪役令嬢に苛められた後のこのシーンは、まさに胸がスッとする小気味の良いシーンだったことを覚えている。
しかしジルダの記憶では……
苛めとは、貴族の常識の無いヒロインに小社交界たる学園での常識を教えたことを差している。例えばテーブルマナーであったり、入ってはいけない場所や、教室での令嬢間の応対の仕方など、社交界で必要な知識をミリッツァ様が代表して伝えたのだ。
その伝え方に少なからず棘があったことは致し方が無いだろう。
だって彼女は何度言っても聞かない子だったのだから……
そして無視は、見知らぬ格下の者から格上の貴族に声を掛けるのは不敬で、もしも声を掛けられたなら返事を返さないのが正しい。
その常識を知らない彼女は、自分が無視されたと判断したのね。
最後は叱り付けたこと。
招待状を持たずに公爵家の主催パーティーに参上したり、誘われていないお茶会に入ってきたりと縦横無尽な行動力を見せるヒロイン。
ゲーム攻略から考えれば普通の話なのだけど、ジルダの記憶である貴族の常識から見れば、常識を激しく逸脱した異常な行動にしか見えないわね。
さらにそれを注意すれば泣かれる始末よ。
なによ、ヒロインってただの当り屋じゃない!
そして本日。
私の記憶どおりミリッツァ様は学園を追われて去っていったわ。
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