念糸 5

 翌日、サーシャとリズモンドは、検査用の魔道具一式を塔から、朱雀離宮へと運び入れた。

 朱雀離宮には使っていない部屋が多く、場所には困らなかったらしい。

 与えられた部屋は、もともとは使用人用の大部屋だったとのことだが、既にベッドをはじめとする家具は撤去されていて、大きなテーブルと机が一つ置かれているだけだったが、持ち込んだ道具が入って、あっという間に部屋は手狭な感じになった。

「定期的に、私もここに参りますが、特に気になさらないでください」

 道具を運ぶ手伝いをしてくれたマーダンが、サーシャに告げる。

「形式上、監督する立場にありますけれど、その手の解析に関して、あなた方がなにをしているかなんて、私にはたぶん理解できませんし」

「マーダンさんは、どちらかと言えば、攻撃系ですしね」

 サーシャは苦笑する。

「そもそもうちの専門分野でも、専属の鑑識の魔術師では、アルカイドさんにはかないませんので」

「目だけでいったら、サーシャはハダルさまに並ぶからな」

 リズモンドが肩をすくめてみせる。

 ほめているのか、けなしているのか微妙な口調だ。

「なんにせよ、我々としてはお二人においでいただいたのは、ありがたいことです。塔とこちらで平行捜査となると、情報が錯綜する可能性がありますし、また外に漏れるかもしれませんから」

「事実上は、平行捜査ですけどね」

 サーシャは黒魔術に対して、それほど知識がない。

 念糸に込められた術式を読み解き、魔素を視ることはできるが、その術の判定は難しい。結果として、塔に問い合わせて、塔が調べるという形になるだろう。

「それから、結果が出ても出なくても、定期的に捜査会議にご出席願います。お力をお借りすることもあると思われますので」

「サーシャは殿下のお気に入りだから、顔を見せろって、はっきり言えばいいのでは?」

 リズモンドが苦い顔をする。

「は?」

 何を言っているのだと、サーシャはリズモンドをねめつけた。

「いえ。ガナックさまもご一緒にと言われておりますから」

 マーダンは表情を変えずに答える。

「それに殿下は公私混同するような方ではありません」

「そのわりには、オレ、時々、すごい目で睨まれているんだけどな」

 ぶつぶつとリズモンドは呟く。

 すごい目も何も、レオンは感情をあらわにする人間ではない。おそらくリズモンドの勘違いではないかと、サーシャは思う。

「否定は致しませんが、少なくとも殿下に自覚はないと思います。残念なことですが」

 マーダンは大きく息を吐いた。

「どういうこと?」

 サーシャの問いに、マーダンは「何でもありません」と首を振った。

「それでは私はこれで。何かありましたらご連絡を」

 マーダンは表情を消して、頭を下げた。

「承知いたしました。それではさっそく調べに入りますね」

 いつまでも話していてはらちが上がらない。サーシャは鍵つきの箱を開け、花瓶敷を取り出した。

「何から始める気だ?」

「まずは、魔素を固定します。いろんな術式が複合しているから、一つ一つがもろそうだけど」

 とりあえずは、すぐに術が消えるものではなさそうなので、根気よく固定していくしかない。

「オレが固定化作業をしよう」

 リズモンドが腕まくりをする。

 率先して仕事をするなんて、今までのリズモンドからは信じられず、サーシャは思わずその顔を見返した。

「なんだよ?」

「いえ、別に」

 サーシャの表情に何を見たのか、リズモンドは大きくため息をついた。

「安心しろ。邪魔するつもりはない。言っておくが、オレは、視えないだけで、細かい作業はお前より上手い自信がある」

 言いつつ、リズモンドは眼鏡を取り出す。

 リズモンドの眼鏡はサーシャの眼鏡とは違い、魔眼の代わりに近いものだ。

 魔眼を持たない魔術師は、エーテルを感じることはできても、目視できない。ゆえに、魔視眼鏡を使って視る。

 魔視眼鏡そのものから、魔素がこぼれるため、完全に正確な状態ではなくなるという点と、稼働時間が短いのが問題だが、作業ができないというものではない。

 そして、リズモンドがとても器用なのも事実だ。

「では、よろしくお願いします」

 サーシャは魔素を入れるための容器と薬剤の準備をする。

「とりあえず、固定化させてから評価分類したほうがいいだろう」

「そうですね」

 リズモンドは丁寧に作業を始めた。

 弱い術で生まれた魔素は、エーテルに吸収されやすく、固定化が難しい。固定化させる液体に浸すために容器に入れなければいけないのだが、その段階で破損してしまうことがあるからだ。

──相変らず、器用だわ。

 サーシャはリズモンドの作業を横目で見ながら、感心する。

 忘れがちだが、リズモンドは視ること以外については、サーシャに引けを取らない実力者なのだ。

 かつては、サーシャも先輩として尊敬していた。今もその能力については、信頼している。

「サーシャ、お前は、この花瓶敷からいくつの種類の魔素が発生しているか調べろ。すべての魔素を固定化できているか、確認するのに必要だ」

「はい」

 サーシャは頷き、目視で観察しながら、魔素のスケッチを始めた。



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