誕生会 26
※本日二話更新 1/2
ぽつんと浮かんだ小舟は、明るくなったことで速度を上げたようだった。明らかに沖にある船に向かっている。
「停船信号を! 船を出せ!」
レオンはマーダンに指示を出す。
埠頭につながれている港湾管理局の船に乗り込み、もやい綱を解く。
ドンという音とともに、青白い光玉が放たれた。港湾管理局による『停船命令』だ。湾内にいる船は、これに従わないだけで、罰則扱いになる。
とはいえ、これで止まってくれる舟であるなら、それは犯罪者ではないだろう。
港湾管理局の船は、最新鋭の魔道船だが、既に沖合にいる舟に追いつくのは難しい。当然、振り切るつもりと思われる。
「アルカイド君、なんとかならないか?」
「そうですね」
サーシャは小舟との距離を測った。
火や雷などの攻撃魔術も打てなくはないが、少し遠い。
舟と人影はなんとなく見えているが、しっかりと目標が見えていないので、狙いにくいのだ。
──目が悪いのはどうしようもないのよね。
人より情報量が多い分、視力そのものは人より弱くなってしまう。眼鏡でエーテルを遮断しても、やっぱり見える範囲が広がるわけではないのだ。
「転覆させても許してくださいね」
サーシャは言い置いて。
小舟の方向を見る。
「吹け! 風よ」
サーシャは、海面すれすれに強風の呪文を放った。
威力は最大限。風は海を割るように走る。
遠いので、精度は出ないし、目標までは届かない。だが、海原は大きく波立った。
舟は突然の荒波に揺られている。
サーシャ達の乗った船も影響を受けるが、船の大きさが違うのと、魔術の発動位置からずれているので、影響は微量。
「アルカイド君、今のは?」
「ただの強風の魔術ですよ」
サーシャは肩をすくめる。
「波が荒れるのは一瞬ですけれど、進もうとするたびにくらわせてやれば、躊躇はするはずです」
「荒っぽいな」
「こう見えても、一番平和な方法を選んでいるつもりです。沈めるつもりならもっと簡単にできますよ」
攻撃魔術が直接届かなくても、海ならいくらでも方法はある。ただ、結果を計算できないという難点がある。
悪戯に威力を上げれば、確実に転覆させてしまうだろうし、容疑者の行方も分からなくなる確率が高い。
「つくづく、君を敵にしたくないと思うね」
レオンはしみじみと笑う。
「誉め言葉と受け取っておきます」
舳先に立ち、サーシャは舟の動向を見続ける。
舟は躊躇しているのか、速度が落ちているかもしれない。距離がつまっている。
「マーダン、魔道船の速度を上げろ」
「無茶です!」
マーダンは操舵室に立って叫ぶ。
港湾管理局の船は、小回りが利くように作られているが、そこまで速度は速くない。
本来は、相手の方が早そうだ。足を止めなければ、振り切られるのは間違いない。
サーシャは波の状態を見つつ、もう一度、強風の魔術を放った。
先ほどより接近していたこともあるのだろう。射程距離より遠い位置ではあったのに、舟が傾ぎ始めた。
「あれ? 当たったかも?」
「アルカイド君、沈めろとは言っていないぞ」
「最初に許してくださいとは言いました」
サーシャは肩をすくめる。
強風の魔術はそれほど威力の高い物ではないが、ひょっとしたらどこかにダメージでも与えたのかもしれない。
「沈みかけなら、逃げようもないだろう。抵抗も少ないだろうしな。ただ、海流に連れて行かれないように早急に拾い上げる必要があるな」
もちろんそれ以前に溺死の危険もある。
「すみません」
サーシャは頭を下げた。狙っていなかったとはいえ、どうみてもやりすぎだ。
「いや。何とかしろといったのは私の方だ。それに停船命令に反したのだから、非はあちらにある」
レオンは首を振る。サーシャを責める気はないらしい。
「全員、海面に注意して、救助に当たれ。攻撃してくる可能性も考慮して、気を抜くなよ」
そして。
傾き始めた舟でパニックになっていた子爵は、案外素直に救助された。
救助されたのは子爵を含めて四名。
それほど荷物は持っていなかったようだ。多くの財産は、商会を通じて、後程エドランへと送らせる予定だったらしい。
子爵を捕らえると、レオンはすぐさま、商会と子爵邸の取り調べに入り、五日ほど経過した午後。
朱雀離宮の会議室には、リズモンドとサーシャ、レオンとマーダンの他に、第一皇子であるマルス皇太子が座っている。
「それで、
「間違いなさそうですね。標的はおそらくは、ラビニア・エドン公女です」
朱雀離宮の会議室に呼ばれたリズモンドが険しい顔で答えた。
「ただ、まだ刷り込みは不十分だったようです。また、合成獣の健康状態の回復は難しく、ハダル首席宮廷魔術師との相談のうえ、殺傷処分とすることにいたしました」
「殺傷処分とは思い切った決断だ」
レオンが頷く。
「どう思う? アルカイド君」
「ええと。無難ではないかと」
突然、話を振られたことに戸惑いを感じながら、サーシャは答える。
「飼育が長引けば、秘密を保つことは難しくなりますし、我々研究者というものは、『さらに』『もっと』と極めたくなるのは必定。一定の調査が終わったのであれば、殺傷処分は妥当だと思います」
何より、飼育はそれなりに負担となる。関係者の負担を減らすためには、人員や予算を増やす必要があるが、そうすれば秘密は秘密でなくなってしまう。
ただの魔獣であれば、生息地に戻すこともできるが、合成獣は返すべき場所がない。
「なぜ、ラビニアを?」
マルス皇太子が口を開く。
「バルック子爵によれば、公女に恨みがあったわけではなく、我が国の弱体化を狙ったようです」
レオンがコホンと咳払いをした。
「ラビニア公女を暗殺すれば、当然、犯人は神殿の息がかかったものだという憶測が流れるでしょう。そうなれば、エドン公爵をはじめとする名門貴族と、神殿との間に亀裂が入ります」
レオンは兄の顔を真っすぐに見る。
「一度入った亀裂は、真実を突き止めたところで、簡単にはふさがりません。バルック子爵は、エドランから密命を帯びていたようです」
子爵は、以前から分断の機会をさぐっていたらしい。
今回の婚約者騒ぎは願ってもいないチャンスだった。子爵が煽るまでもなく、アリア・ソグラン伯爵令嬢の転落事故がおき、ラビニア・エドンが容疑者にされた。真実が明かされた今も、事あるごとに悪い噂は蒸し返している。
「しかし、合成獣は使わなかったのはなぜだ?」
マルス皇太子が首を傾げる。
「ムクドの証言によれば、眠りの魔術薬剤の実験が進んだからだそうです」
マーダンが口を開いた。
「合成獣に関してはまだ、本人として納得いくものができてなかったようで」
ムクドは『賭け』はあまりしたくない男だった。
一つほころびができれば、全てを失う可能性があることを知っていた。
「あとは、バルック子爵経由で、ベン・カーターという男を手に入れたからですね」
ベン・カーターの妹が『カササギ商会』から借金をしていたらしい。
ラビニアに薬を飲ませた後、ベン・カーターはバルック子爵の屋敷に逃げ込んだが、そこで殺害されていたようだ。
「今回はアルカイド君がいたから魔術薬剤に気づき、事なきを得ましたが、そうでなければ、公女の処置は随分と遅れたのは間違いないでしょう」
「……そうだな。本当に世話になった。君には何か礼ができればいいのだが」
レオンの言葉に、マルス皇太子は頷き、サーシャに向かって頭を下げる。
「別に必要ありませんが」
サーシャは首を振る。
宮廷魔術師が皇族のために働くのは『仕事』である。まして、宮廷行事の警備も仕事の内だ。
「無礼を承知で申し上げるのであれば、早々に婚約者を決定していただけると、我々もありがたいかと」
マルスが触れたくないのはわかっていて、サーシャはあえて口に出す。
そもそも、分断の『原因』となっているのは、皇太子の『婚約者』が二人いるこの状態なのだ。
「それは……」
「アルカイド君は容赦がないな。でも、兄上、いい加減にどちらでもいいから、お決めになるべきです。政治的な駆け引きをしているのは承知しておりますが、分断をうんでは意味がありません」
レオンの言葉に、マルスは苦い顔をする。
「お前、本当に怖いもの知らずだ」
サーシャの横で、リズモンドが呆れたように呟く。
「だけど、そういうところ気に入られているのかもな」
リズモンドが誰のことを言っているのか、サーシャにはわからなかった。
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