誕生会 21

 東雲という工房は、薬の製造を手掛けている工房らしい。

 いわゆる薬屋なのだが、薬剤だけでなく包帯の類の医療品を手掛けており、製造しているものは薬だけにとどまらない。

 工房というよりは、工場と言った方がしっくりくる敷地面積を持っている。

「工房が完成したのは、三年ほど前。ダラスが東雲で研究をしていたのは間違いない」

「しかし、なぜ、楓堂に店を構えたりしたのでしょう?」

 リズモンドが首を傾げる。

 親衛隊が捜査のために門を開けさせているのを、サーシャはレオンとリズモンドと共に待つ。

 親衛隊のメンバーはフル装備で、裏口も包囲している状態だ。

「診療院をやめて、ここに勤めるとなると、ここで魔術薬剤の研究していることがあからさまになるからだろうな」

「魔術薬剤の研究は、違法ではありませんが」

 リズモンドがため息をつく。

「そう。違法ではない。だから本来隠す必要はない」

 レオンは頷く。

「ただ、魔術薬剤の研究、販売をしているとなれば、魔術省への登録も必要だ。魔術や魔道具を扱うことそのものは合法だが、商売として行うのであれば許可がいるのだから」

 レオンは口の端を僅かに上げた。

 魔道具や魔術を扱う『商売』に関しても、免許制だ。この工房の名義では出ていないらしい。

「さらに、仕入れたものを、どこに売っていたのかだな」

 楓堂の帳簿を見る限り、魔術薬剤を大量に買い入れしている。

 魔術薬剤そのものはあまり処方されない薬であり、軍以外で使用されることはまずない。

 軍に卸しているのでなければ、どこに卸しているのか。

「まあ、話を聞いてみないことには始まらんよ」

 ちょうど門が開き、工房の事務員が引きつった顔で親衛隊を中に迎え入れた。



 工房に入ったサーシャは眼鏡を外す。

 思った以上にエーテルの流れを感じた。

 屋内でこの感触は、かなり頻繁にここで魔力が使われているという証だ。よほどたくさんの魔道具が使われているか、もしくは定期的に魔術を使用しているかのどちらかだろう。

 案内されたのは、商談用に作られた応接室だった。

 ソファと机が置かれただけの簡素な部屋でインテリアもあまりない。

 ただ、この工房が扱っている品が医療品であることを考えれば、豪奢である必要もないのだろう。

 応接室のソファに座るのは、工房の責任者であるジム・ムクドと、レオン。

 サーシャは、マーダンとリズモンドと共に、レオンの座ったソファの後ろに立つ。

 部屋に置かれているのは、魔道灯。それ以外には魔力を発しているのは、ムクドの座っているソファの脇に炎の魔力線が走っていた。魔力はムクドのもので、おそらくは、どこかの部屋につながっており、ちょっとした力を流すだけで、炎の魔術が発動する仕組みになっているようだ。

 おそらく魔力線をたどれば、彼が知られたくないモノにたどり着けるだろう。問題は、どうやって、それを追うかだが。

「それで、どういったご用件で?」

 ムクドは四十代の男性で、神経質そうな男だ。

 元、軍の研究員だったということもあって、親衛隊相手でも表情を変えない。

「実は楓堂から納品された魔術薬剤なのだが、期限切れが疑われていてね」

 レオンは静かに口を開いた。

「期限切れ?」

「そうだ。実は診療院で廃棄処分となっていたものを横流ししていた可能性がある。こちらに納品されたものを確認したい」

「それは……」

 ムクドは口の端を少しだけ歪めた。

「製造年月日を虚偽している可能性が高いのだ」

「それは、どうやって確認するのです?」

「実は薬剤を作成した人物は当の昔に亡くなっていて、新しいものは作れるはずがないのだ。ここにいるアルカイド君によって、製造者の鑑定をすればすぐにわかる」

 レオンは淡々と答えた。

「調べによれば、かなりの薬剤が納品されているようなのだが」

「そのようなこととは知らず、実はもう在庫はないのです」

 ムクドは困ったような顔をする。

「それは、随分と大口の取引相手がいるということですな」

 レオンは感心したように頷いた。

「ではそちらの顧客に問い合わせをせねばなるまい。顧客の名はわかるかね?」

「それは……」

 ムクドは言いよどむ。

 何と答えるのが無難なのかを考えているのだろう。

「私の方で回収いたしまして、親衛隊に提出という形をとらしていただいても?」

「なるほど」

 レオンはパチンと指を鳴らした。

「マーダン、ムクド氏を連行しろ」

「な?」

 ムクドは表情を変える。

「魔術薬剤の販売許可をこの工房は持っていない」

「くそっ」

 ムクドが魔力線に魔力を注ぐ。

「切断せよ!」

 サーシャは咄嗟に魔力線を切断しようとするが、思った以上にいくつもの線が張り巡らされていたようで、全部を切断できなかった。

 ドン、と大きな音がして床が揺れる。

「甘いな」

 ムクドがそのすきを狙って逃走をしようとしたが、マーダンが手早くとりおさえた。 

「殿下、私は火元へ行きます!」

「アルカイド君!」

 返事を待たず、サーシャは部屋を飛びす。

 魔力線の一部は切断出来た。証拠はまだ残っているに違いない。

 先ほどの振動から見て、おそらく地下だ。

 サーシャは走り出した。

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