誕生会20

 朱雀離宮に戻り、取り調べが行われている。

 サーシャも会議室で、押収された研究日誌などの調査を共に行うことにした。

 店の売り上げ等の帳面はともかく、研究日誌については同じ魔術師であるサーシャの方が、マーダン達より理解ができる。

 研究日誌を読み進めると、ダラスがかなり綿密に人体実験を繰り返していたことがうかがえ、また、グランドールに習って眠りの魔術薬剤を製造していたこともわかった。ただし、グランドールのものより質の高い薬剤はできなかったようだが。

 気になるのは日付である。ダラスは診療院に勤めているころから人体実験を繰り返している。

 診療院で秘密裏に行っていたということなのだろうか?

「診療院の研究部門は事実上、閉鎖ですね」

 診療院に行ったマーダンとリズモンドの話では、現在、身体強化の魔術薬剤の研究はダラスの後任は誰も決まらず、結果として薬剤の使用も滅多にされなくなったとの話だった。

 ダラスの作った薬剤の一部は残っていたが、いずれも身体強化のものだったらしい。

 ダラスが辞めると同時に薬剤の在庫のほとんどは軍に譲渡された。

 もっとも、グランドール氏の製作のものは使用期限切れということで廃棄されたようだ。

 亡くなって四年経過していたのだ。それは当然と言えば当然だろう。

 ただ、廃棄処分を行ったのはダラスであり、彼の店にグランドール氏の薬剤があったことから考えて、廃棄したと見せかけて、私物化したと思われる。

「診療院の帳簿を見せていただきましたが、軍と長い間、薬剤を取引していたようです。グランドール氏の頃からですが」

 実際問題として、魔術薬剤最大の消費は軍で行われているのだから、余剰薬剤を軍に売るのはそれほど大きな不思議でもない。秘密裏に行われていたわけではなく、帳簿にも記載されており、収支報告も上がっている。合法的な取引だ。

「グランドール氏がいた頃から、薬剤の取引の収益は研究費にそのまま回される形でした。むろん、ダラスが受けついだあとも同等だったようですが、グランドール氏が辞めてからは、軍のほうからの需要が減りつつあったようですね」

「ここ数年、魔術薬剤の研究は急速に人気が落ちてきており、使用効果もそれほど長持ちしないと軍も薬剤の使用に積極的ではなくなりましたから、不思議はないかと」

 リズモンドが苦笑する。

「それはそうかもしれぬが、一度、軍の関係者にもあたり理由を聞いた方がいいかもしれないな」

 レオンは顎に手を当てながら呟く。

「軍の予算編成で、そこまで大きな改革が行われたという話は聞いていない。軍の予算はよほどのことがない限り、わりと保守的だ。ダラスに問題があったか、軍の担当者が変わったのかもしれぬが」

「そうかもしれませんな」

 マーダンが頷く。

 親衛隊もそうだが、国防に関する軍の予算は、かなり固定的で、有事があれば話は変わるのは当然だが、ちょっとした削減でも大騒ぎになったりする傾向がある。

 薬剤の購入くらいは軍の内部の裁量で変えられなくもないのだが。

「殿下」

 ノックの音とともに、ダラスの取り調べをしていたカリドが入ってきた。少し顔が高揚している。

 手ごたえがあったのだと、その顔からも分かった。

「ダラスが吐きました。奴は『暁』という地下組織で、魔術薬剤の研究を続けていたそうです。具体的にはこの一年、『致死量』の実験を繰り返していたとか。三年ほど前から、ある場所に出張して研究していたようです」

「ふむ」

 レオンはダラスの店から押収した帳簿のページを開いた。

東雲しののめという工房に、楓堂は、かなりの量の薬剤を納品しているが、ここだろうか?」

「はい。表向きは東雲という名だったようです。帝都の新興商業区域に構えているようで」

 カリドは報告書の束をめくる。

「工房の経営者は、ムクドという元は軍の研究員だそうです。ダラスはその男に誘われたと言っております」

「結婚した妻については聞いたか?」

「その件ですが」

 カリドは大きくため息をついた。

「三年ほど前に、結婚したのは事実だそうですが二度ほど会っただけだそうで。どうやらダラスはムクドに借金があったようでして、いいように使われていたようです」

「結婚は偽装ですか?」

 ダラスの店はどう見ても『ひとり暮らし』の家であり、結婚しているようにはサーシャには見えなかった。

 ただ、何故そんなことをしたのかという疑念は残る。

「あの店がダラスの妻名義になっているのは事実です。妻がどこに住んでいるのかは、わかりませんが」

 カリドは肩をすくめた。

「暁と言えば裏組織ではそこそこ有名な『何でも屋』です。『影狼』のような積極的に殺しを請け負うような犯罪組織という印象は小さいですが」

「積極的に請け負わなくても、請け負う連中に『モノ』を卸している可能性はあるってことだな」

 眠りの魔術薬剤は、正しい意味では毒物ではない。たとえ死に至るにしても、普通の毒物検査では死因は判明しないだろう。無論、魔術捜査をすれば一発でわかるが、薬剤を製造した人間はわかったとしても、使用した人間はわからない。

「マーダン、東雲に乗り込む準備だ──もう遅いかもしれないが」

 ダラスが連行されたことは既に相手が把握している可能性が高い。

「アルカイド君、悪いが期限切れの薬剤が大量に納品された可能性がある。君に視てもらいたい」

「……承知いたしました」

 グランドールの眠りの魔術薬剤は全て一般的には『期限切れ』だ。

 違法とはいえないが、捜査しても不思議はない。

──相変わらず、嘘つかない人なのね。

 サーシャは内心苦笑する。嘘はつかないが、だからと言って素直で正直というわけでは決してない。

 それが、レオンという男なのかもしれなかった。

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