誕生会 19

 捜査員がやってきて大々的な捜査が行われることになり、サーシャは捜査員の立会いの下、金庫のロックを解錠した。

 魔術の『ロック』は、本来なら『合言葉』がないと開かない。だが、魔力の差が圧倒的ならば、強引に『解錠』の呪文を使えばいい。

 ロックをかけていたのは間違いなくセナック・ダラスだ。

 そして、魔力差が開くほど、周囲への影響が低い。捜査員の魔力とサーシャの魔力の差を比べれば、どちらが唱える方が効率が良いかは考えるまでもなかった。

 サーシャとしては出しゃばることに多少抵抗はあったが、親衛隊の隊員は、己の面子にこだわりはなく、効率の良さのほうが大事なようだった。

 これは、魔術の実力で出世する宮廷魔術師と、公正で見落としのない捜査を要求される親衛隊の捜査員との仕事のスタイルの違いもあるのだろう。

 濡れている状態で触れるのは気がひけたので、解錠だけをしてサーシャは一歩下がった。

 金庫の中身を捜査員が回収するのに任せ、サーシャはレオンと共に居住区域の捜査を見学することにした。

 やはり見た目の印象通り、衣類などもセナック・ダラスのものだけのようだ。部屋に誰かと暮らしているようには思えない。

「妻とは、別れたということでしょうか?」

「それならたいして不思議はないのだが」

 レオンは肩をすくめた。

 別れたと仮定するなら。妻の私物は何一つ残さないという執念で始末した可能性はある。

「ただ、セナック・ダラスは、戸籍上はまだ『結婚』していることになっていたはずだ。現在は別居をしているのかもしれぬが。いずれにせよ、それなりに複雑な事情があるだろうな」

 別居婚がないわけでもないし、どちらかが『別離』に同意していない可能性もある。

「なんにせよ、近所の聞き込みも必要だな。妻がここからいなくなったのは、数日という単位ではなさそうだ」

「そうですね」

 サーシャは頷く。部屋の様子から見て、ダラスはそこまで綺麗好きで片付け上手でもなさそうだ。人一人の痕跡を消したのが最近なら、もっと他も片付いているに違いない。

「なんにせよ、叩いて埃が出るのでなければ、突然魔石を使って逃げようとはしないでしょうから」

「追い詰められていたと考えるべきかもしれないな」

 捜査員たちが部屋を調べていく。

「魔術薬剤について、かなり怪しいことをしていたのでしょうね」

「魔術薬剤自体は違法じゃない。眠りの薬剤にしてもだ。薬を所持してようが、製造しようが、法的には問題はない。研究者だったダラスならそれは当然知っていた。つまり、逃げたのは、その先に理由があるだろうな」

 レオンは言いながら、くしゅんと軽くくしゃみをした。

「殿下、やはりここは外に出て、一度服を乾かしましょう」

「……そうだな」

 捜査員が来るまでは現場を守るため動くのはまずかったが、現状、濡れネズミであるレオンとサーシャは邪魔でしかない。

 二人は捜査員に断りを入れて、店の外に出た。



 裏通りに出ると、サーシャは手早く魔術で服を乾かした。

「アルカイド君はさすがだな」

 すっかり乾いた服にレオンは感心したようだ。

 もっとも、髪の毛は一度濡れてしまったので、若干いつもと髪型が変わってしまっている。

「不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。もう少し早くこうするべきでした」

「いや、捜査に夢中になっていた私が悪い。アルカイド君に風邪をひかせるところだったな」

「私は平気です」

 捜査員たちが店内からものを運び出すのを横目に見ながら、サーシャは手櫛で髪を整える。

 親衛隊の人間がせわしなく移動しているせいか、裏通りはまだ明るいのに人の動きがなくなっていた。

 特に怪しい商売の店というわけではないにせよ、親衛隊に目を付けられるようなことになっては厄介だ。その心理は当然だろう。

「殿下。見てください」

 カリドが中から飛び出してきて差し出したのは、一冊の帳面だった。

「おそらくは、ダラスの研究ノートですが、どうやら眠りの魔術製剤の薬剤量の人体実験を行っていた記述があります」

「人体実験?」

 考えられることではあった。

 どれだけの量でどれだけの効果があるのか。新しい薬剤には指標がない。

 グランドールがどこまで研究していたのかはわからないが、その研究を引き継いだのだから、それくらいしていてもおかしくはないだろう。

「……かなり大きく実験していたようですね」

 サーシャも記述を覗き込む。

 人体を使った実験にしては、かなり大胆な数だ。これだけの試験者を得るのはなかなか大変なことのように思える。

「奴が逃走しようとした原因はこの辺にあるようだ」

 実験結果の中に、『解除不能』の文字の記載をみつけ、レオンの目が鋭くなった。

「おそらくは、人が何人か死んでいるのだろう」

「そうだとすれば、彼一人の仕業ではないでしょうな」

 カリドが険しい顔をした。



 

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