誕生会 18
カリドがダラスを連行していったので、店内にはレオンとサーシャだけになっている。カリドはダラスを連行した後、捜査員を連れて戻ってくるはずだ。
さすがに皇子をびしょぬれにしておくのは申し訳なく、乾燥の魔術をかけようとサーシャは申し出たが、レオンに却下された。
「今はいい。魔術がこれ以上混ざるのは良くない」
「そんなへまは致しませんが」
「すでに、現場が荒れている」
サーシャは言われて辺りを見回す。ほぼ不可抗力とはいえ、店内は水浸しだ。
もっとも見た目の惨状より、魔素の状態を荒らしているのは、魔石の魔術の方である。サーシャの魔素は残りにくく、水が自然に乾くころにはわからなくなってしまうだろう。
「君以上に魔素を視ることのできる人間はいない。何かあった時、君がどんな魔術を使ったのか、証明できるのは私とカリドの証言だけになってしまう」
「お二人が証言してくださるなら、怖いものはありませんが?」
事件調査の現場で魔術を使うのは得策ではない。何かがあった時に、疑われる可能性があるからだ。
この状況でサーシャが疑われるとしたら、それはレオンの信用を失った時か、それともレオンが失脚するようなことになった時だろう。
可能性がないわけではないけれど、現状、もっと心配すべきことはいくらでもあるようにサーシャには思える。
ただ、現場はできるだけ保存した方がいいのは事実だ。
「どうだね、エーテルの流れは」
「そうですね。やはりここには、眠りの魔術薬剤はなさそうです」
サーシャは目を細めた。
「ええと。そのカウンターの下にたぶん、金庫があります。エーテルが遮断されていますから」
作りかけの魔石などはエーテルの影響を受けやすいため、周囲のエーテルを遮断する金庫などに保管することが多い。
「ああ、あるな」
ちょうどセナック・ダラスが座っていた前のカウンターの下に、その金庫はあった。
カウンターは作業台を兼ねていたのだろうから、そこに金庫があること自体は少しも不自然ではない。
「ロックの魔術がかかっているな」
当然、と言えば、当然だろう。
「解錠しますか?」
「捜査員が来てからの方がいいだろう」
「出過ぎたことを申し上げました」
サーシャは頭を下げる。サーシャとしても捜査員の仕事を奪うつもりは毛頭ない。
「いや。捜査員がやるより、アルカイド君にやってもらう方が手っ取り早いと思う。単純に、人が他にいる時の方がいいという意味だ」
レオンがわずかに口の端をあげる。
「立会人が私一人というのは、君が思うより心もとないことだ。皇子の私の足をすくいたい人間は山ほどいるし、そもそも親衛隊の捜査に異を唱えたい奴も多い」
「後ろ暗いところがある人間ほど、そうでしょうね」
現在、この国の犯罪の捜査をしている親衛隊は、かなりしっかりと機能している。それは法的なものというよりは、レオンの資質によるところが大きい。
皇子という高い立場を使って事件に切り込んでいく強さを持ちながら、どんな相手にも公正さを失わない冷静さがある。
そして、その公正さは、レオン自身を守ることにもなっているのだ。
「殿下のおっしゃる通りです。捜査員の方がいらしてから、解錠いたしましょう」
ほんの少しの手間を惜しんだことで、足をすくわれるようなことがあってはならない。
「すまんな。宮廷魔術師の君から見れば、もどかしいとは思うが」
「いえ。仕事が変われば、求められるものが違うのは当然です」
宮廷魔術師の場合、『やらなければならないこと』を発見したら、よほどのことでない限り、個人の裁量で『やれるだけやる』ことが正しい。
皇族の安全にかかわる仕事だ。目についたトラブルは早期解決をしなければならない。
だが、親衛隊の場合は、緊急事態でなければ、公正であることが大事だ。この場合、真実公正であることはもちろんだが、『公正』であることを『印象』づけることも必要である。
「ところで、アルカイド君は、セナック・ダラスをどう見た?」
「そうですね。魔術師としての腕はいいでしょうね」
サーシャは肩をすくめる。
「ここにある魔道具はそれなりに貴重なものですし、並んでいる魔石は彼が製作したものです。魔石の品質は非常に高く、そこにある魔術薬剤の質も高いと思われます。ただ」
「ただ?」
「いきなり魔石を使って攻撃するというのは、いかにも短慮。あの段階で逃走しようとしたということは、かなりやましいことがあるのでしょうけれど、黒幕というにはあまりにも小者感がありますね」
「そうだな」
レオンが頷く。
「ところで」
サーシャは店の奥にある居住区に目を向ける。
「セナック・ダラスは、奥さまの実家を継いだと伺っておりましたが、別居中でありましょうか?」
人が生活しているという痕跡はしっかりある。
だが、夫婦が暮らしているようにはあまり見えない。
無論、生活の仕方は人それぞれで、絶対ではないだろう。
「一人暮らしのようにしか見えませんね」
「……そうだな」
収納されていてわからないのかもしれないが。
食器棚の数も家財道具も、二人の人間が住んでいるようには見えなかった。
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