誕生会 17
細い路地の前で馬車を降り、サーシャとレオンはカリドに案内されながら目指す。
古着屋などが立ち並んでいて、客単価の高い通りではなさそうだが、治安が悪いというほどではなさそうだ。
楓堂は、そんな繁華街の裏通りにある寂れた魔道具屋だった。
目新しい新製品を商っているというよりは、古い魔道具を修理転売しているという感じの店で、カリドの説明通り、それほど儲かっているという印象は受けない。
それでも。
店内に入ったサーシャはくるりと店内を見回す。他に客はいない。
主な収入源は持ち込まれた魔道具の修理なのかもしれないが、並んでいる魔道具の品ぞろえはそれなりに珍しいものばかりだ。
この手の店はものすごく流行るということはないが、そこそこ重宝される店であろう。
並んでいる魔石も質の良いものだ。
サーシャはそっと眼鏡を外して魔石を見る。
──同じ人のものね。
店主であるセナック・ダラスか、もしくは職人の手によるものなのかはわからない。
セナック・ダラスは医師であったが、魔術薬剤を製作していたということは、かなりの魔術を使えてもおかしくはない。
「親衛隊だが、セナック・ダラス氏に話を聞きたい」
カリドが奥に座っていた店員に声を掛ける。
「アタシに何か御用ですかい?」
少しだけ不愛想な店員が顔を上げた。
目つきが鋭い。年齢は、三十六歳ほどだと聞いていたが、やや老けて見える。服装は古道具屋の店主というよりは、魔術の研究者といったような黒のローブ。
それでいて、口調は小道具屋の店主らしい言葉遣いだ。
「デイビット・グランドール氏のことだが」
レオンが口を開くと、ダラスは目を細め、面倒くさげな表情を浮かべた。
長くなりそうだ、と思ったのだろう。
サーシャは、耳だけ傾けながら自分は店内のエーテルや魔術を調べていく。
魔石の製作者はどうやら、当初の予想通り、セナック・ダラスで間違いないようだ。
「グランドール氏はアタシの昔の上司ですけれど、とうに亡くなっておりますが?」
「それは知っている」
レオンは頷いた。
「君が彼の研究を受け継いだと聞いたのだが?」
「ええ、まあ。ただ、もう魔術薬剤の研究では食えやしません。アタシは手を引きました」
ダラスは頭を振る。
「ではグランドール氏の遺品は全て、診療院に?」
「それは、もちろん」
口を開きかけたダラスは、サーシャの目に気が付いたようだった。
魔眼持ちのサーシャが店内をくまなく見つめている──その意味に。
「一部の魔術薬剤はここにあります」
ダラスは頭をふって、奥の棚に並んでいる薬瓶を指さした。
サーシャは丁寧にその瓶を見る。
「どうかね? アルカイド君」
「はい。グランドール氏の作成のものと、ダラス氏の作成のものでしょう」
置いてあるのは、いずれも身体強化の魔術薬剤だ。
「眠りの薬剤はありませんね」
サーシャの言葉に、ダラスの顔がやや引きつったようだ。
「何の話ですか?」
「グランドール氏が生前、作成した眠りの魔術薬剤を探している」
レオンが目配せをし、カリドがそっとダラスの退路を塞ぐ。
「眠りの魔術薬剤なんてあり得ない」
「グランドール夫人の話では、間違いなく診療院に研究資料を含めて渡したと聞いている」
コホンとレオンが咳払いをする。
「製造が成功しているのは間違いないし、君はそれを知っているはずだ。何故、そんな風に否定するのかね?」
「それは」
ダラスの右手が何かをつかんだ。炎の魔石だ。
「障壁」
咄嗟に、サーシャがダラスとレオンの間に風の『壁』を作る。
それに遅れて、ダラスが投げつけた魔石から大きな炎が立ち上った。
「火炎の魔石? 正気?」
サーシャは眉間に皺を寄せる。ここまで強力な魔石を使うとは思っていなかった。
魔石の魔術はそれなりに強力だ。障壁でダメージは受けなかったが、炎は障壁のない側に広がる。周囲の延焼は防げない。逃げるために、この店を焼くつもりだ。
この辺りは住宅密集地だから、火事になったら大事になる。
「瀑布」
サーシャは指を鳴らし、炎とダラスめがけて、大量の水を降らせた。
魔石による火だ。魔力で圧倒しなければ、消し止められない。
「うわぁぁ」
あまりの水量に、ダラスが悲鳴を上げた。
「君、いくら自分の店でも、屋内で炎の魔術はやめた方がいい。放火の現行犯でちょっと来てもらおう。どのみち、ここではゆっくり話せそうもなかったし、ちょうど良さそうだ」
レオンは床で水に流されているダラスに剣先を向ける。どうやらサーシャとの魔力の圧倒的な差に、戦意を喪失したようだった。
「カリド、こいつを縛れ」
「はい、殿下」
カリドも濡れている。
そして、レオンも、そしてサーシャもびしょ濡れだ。確実に炎を消そうと思って、どうやらやりすぎてしまったらしい。
「アルカイド君」
コホン、とレオンが咳払いをする。
「君が規格外だというのは知っているが、少々、やりすぎだな」
「えっと、申し訳ございません。ちょっと本気になり過ぎました」
「まあ、ここで火事になったら大事だ。この程度で済んだのなら、良しとするべきか」
少々呆れたように濡れ髪をかきあげるレオンの仕草にサーシャは思わず見惚れた。
「ん? どうかしたのかい?」
「いえ──殿下は本当に美形でいらっしゃると思っただけです」
「え?」
思ってもみない言葉だったのだろう。レオンの目が見開かれる。
「アルカイド君、思ったことを何でも口にするのは……誤解を招くぞ」
レオンはサーシャから顔をそむけた。
わずかに、耳が赤くなっているように見えたのは、照明のせいなのか、そうではないのか──サーシャにはわからなかった。
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