誕生会 16

 楓堂に向かうことになり、サーシャはレオンと馬車に乗り込む。

 相変わらずレオンは行動までの時間が早い。犯罪を追いかけるには必要な特質であるけれども、彼は一応『皇族』である。あまりに身軽に動かれては、周囲としては気が気ではないだろうなとサーシャは思う。

 もちろん護衛は常についているし、レオン自身も剣の腕に覚えがある。

 また、親衛隊を率いているという責任もあるだろうが、実際のところはレオンの性格だ。

 レオンは事件を追うこと、犯罪の謎を解くことへの執着が強い。

 親衛隊という役目にはまたとない性質だが、皇族の帝位継承者の一人としては不向きと言える。

 いくらレオンが中立に警察権を行使するために、政治から一歩身を引いていたとしても、政敵に狙われる可能性はゼロとは言えない。いや、身を引いているからこそ、狙われる可能性だってある。

 サーシャがそばにいると護衛についての悩みが減ると言ったマーダンの言葉も嘘ではないだろう。

 彼は周囲には驚くほど目を配るが、自身の安全にはあまり意識が働いていない。

「殿下は相変わらず行動が早いですね」

「この仕事をしていると、どうしてもそうなる。部下に迷惑をかけているのはわかっているが」

 四人掛けの馬車にサーシャと向かい合わせに座ったレオンが答えた。

「もちろん急ぐことだけが正解ではない。準備が必要なこともある。私の考えが足らぬばかりに、未解決になってしまったこともあるだろう……だが、それでも、動かなくて後悔するより、先に動いて失敗する方を私は選び続けると思う」

 レオンはわずかに口元を緩める。

 カタンと馬車が少し揺れて、動き出した。

 車窓がゆっくりと流れていく。

「アルカイド君とガナック君は同期なのかい?」

「いえ、リズモンドの方が先輩です」

 サーシャは首を振った。

 最初の数年、リズモンドはサーシャにとって『仕事が出来る良き先輩』だった。いつの間にやら、サーシャを妬み、絡んでくる『面倒なやつ』になってしまったけれど。

「彼は優秀なのかもしれないが、人間関係の構築には完全に失敗しているようだ。私に言われたくはないだろうが」

 レオンはサーシャの顔を見ながら呟く。どうやらサーシャの感情が透けてしまったようだ。

 レオン自身の表情は変わらないのに、他人の表情の変化には敏感すぎる。

 もっとも、わかりすぎるからこそのポーカーフェイスなのかもしれない。

「人間関係の構築ですか?」

 サーシャは首を傾げた。

 リズモンドはどちらかと言えば、サーシャを陥れることばかりしてきた。構築しようとしているよりは、崩壊させようとしていたようにしか思えない。実は違うと言われても、あの数々の嫌がらせはサーシャの勘違いではないはずだ。

 単にサーシャの被害妄想なら、ハダルがサーシャを庇ったり、リズモンドを咎めることもない。

「他人の心というのは、わからないからね。全てが空回りしている間に、一番望んでいないかたちになってしまったと想像するが」

 レオンは首を振った。

「ただ、ここに至るまで、アルカイド君は彼に随分と傷つけられたのだろうと推察する。冷静に考えて、どちらの視点が正しいかと言えば、アルカイド君の方が正しい」

 レオンは口の端を僅かに上げる。

 なまじ普段が無表情なだけに、やっとわかる程度の微笑でありながらもサーシャの心臓をドキリとさせた。

 レオンは類まれなる美形なのだ。恋愛感情に関しては枯れ切ったサーシャではあるけれど、それでもその微かに残った乙女心を揺さぶられてしまう。

 とはいえ、レオンはサーシャとリズモンドの関係を分析して結論を述べただけに過ぎない。多少なりともサーシャに好感は持っているようだが、それはおそらく仕事仲間として、人間としての好感であって、異性として興味を持ってのことではないだろう。

「その……殿下は、今回の事件のことはどうお考えなのですか?」

 騒ぐ胸に戸惑いを感じつつ、サーシャは話題を変えた。

「これだけ総力を挙げて捜しているにもかかわらず、ベン・カーターの行方はまだ見つからない。それに偶然ラビニアを狙ったとは思えない。宮廷の給仕人であれば、ラビニアの顔を知らないわけはないだろう。明らかにラビニアを狙ってグラスを渡したとしか思えない」

 レオンは小さく息をついた。

「魔術薬剤を使ったというのも悪質だ。もし、魔術とわからなければ、何の異常も見られぬのに倒れたラビニアに医師たちは混乱しただろう」

「……そうですね」

「ラビニアがあの場で倒れたことで、アリア・ソグランへの風当たりは現在そこそこ強いものになっている」

 アリア・ソグランは神殿から支持されているとはいえ、その行動に眉をひそめるものも多い。

「逆に、エドン公爵家のしかけた『狂言』ではないかという者もいる」

「なるほど」

 アリア・ソグランの転落事故の時、無実の罪をかぶせられたエドン公爵家の評判はまだ完全に戻ったともいえない。

「私は大きな組織があって、この国を分断しようとしているのではないかと恐れている」

「分断?」

「もしそうならば、今回の事件は、ラビニア側でも、アリア側でもないってことだ」

 レオンは車窓に目を向ける。

 その横顔は今まで見たことがないほどに、険しかった。

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