誕生会 15
その後、持ち帰った魔術薬剤と事件で採取した魔素を比較した結果、やはり九割の確率で同一人物ではないかという数値が得られた。
つまり製作者は、犯人ではありえない。
製作者であるディビット・グランドールは五年も前に亡くなっている。
それは間違いのない事実だ。息子のウィルの話では、葬式は郊外でしめやかに行われたらしい。
人数は少ないとはいえ、親戚一同集まって式であり、届も出ている。
虚構であったとは思えない。
となれば、彼の製作した『魔術薬剤』を手にした何者かによる犯行ということになる。
翌朝。
会議室に集まったのは、レオンとサーシャ、そしてリズモンド。そしてマーダンとカリドだ。
マーダンはグランドール夫人から手に入れてきたという明細のメモを読み上げはじめた。
「身体強化系の薬剤をはじめとする実験の詳細を書いたノートまで、十瓶ほど診療院が買い上げる形で引き取っております。適正価格よりやや安値ではありますけれど」
「眠りの薬剤もでしょうか?」
サーシャが手をあげる。
「そのようですね。ラベリングはされていて、息子が先に欲しいものを引き取ったと夫人は話しておりました」
「彼は白でしょうねえ」
サーシャは呟く。
「決めつけるのは早計だろう?」
リズモンドが窘めるが、積極的にウィル・グランドールを疑っているわけではなさそうだ。
「ガナック君の言うとおりだが、もっとも疑わしいのは診療院の方だろうな」
レオンは顎に手を当て、マーダンから渡された資料に視線を落とす。
「少なくとも、診療院が引き取った薬剤が使われているのは間違いない」
たとえ、犯罪そのものと診療院がかかわりがなかったとしても、眠りの薬剤を手にしたのが診療院である以上、全く無関係ではないだろう。
「カリド、それで診療院の方はどうだ?」
「ええと。ディビット・グランドールの仕事を引き継いだのは、セナック・ダラスという医師だったようですが、その医師は一年ほど前に退職しておりました」
カリドは資料を読み上げる。
「退職?」
「はい。ダラスは三十五歳だったそうですが、嫁の実家が商売人で、そちらを継ぐことになったという話です」
「……それはまた、随分と思い切った転職だったな」
国立の診療院の医師というのは、かなり給金が高い。もっともその分激務であって、離職するのがおかしいということはないのだが。
「診療院では現在、魔術薬剤への研究は縮小傾向にあるようです。結局のところ、それほど使えないということなのでしょう」
カリドは息を継ぐ。
「ダラスは、現在『
「魔道具ということは、魔術薬剤を扱っていても不思議はありません。そこから転売されたということはありませんか?」
「その可能性は、あると思います」
リズモンドの質問に、カリドは頷いた。
「診療院での、グランドール氏と、ダラス氏の評判はいかがだったのでしょう?」
サーシャが手をあげて質問をする。
「デイビット・グランドール氏を知っている者はそれほど多くありませんでしたが、生真面目で腕の良い医師だったようです。愛想はなかったようですがね。研究者としても優秀だったと皆が口をそろえておりました。あえて言うならば、信じがたいほど仕事熱心で、寝食を忘れるほどだったとか」
「サーシャみたいなやつだな」
「……寝食は忘れませんよ」
リズモンドの呟きに、サーシャが突っ込む。
サーシャは、他人が言うほど自分が仕事中毒だとは思っていない。
「セナック・ダラス氏は、医師としては普通より上くらい。研究者としては一流だったようですが、あまり評判はよろしくなかったようです。辞めるとなったとき、全く慰留されなかったようですから」
「それは、七十まで勤めたグランドール氏と対照的ですね」
サーシャの感想に、カリドは苦笑した。
「無論、診療院が魔術薬剤の研究に見切りをつけ、予算を削減しつつあったというのも事実なので、一概に、彼が無能だったりしたわけではないと思われますが」
「魔術薬剤の研究は、ここ数年で下火になりつつあるのは事実ですね」
リズモンドが同意する。
「十年ほど前までは、かなり期待されていた研究分野でしたが、予想よりもできることが限られていることがわかってきましたから」
それこそ、ディビット・グランドールが夢見たような『治癒』魔術を薬剤が出来るとわかれば、研究そのものも人気が出るだろう。
だが現実には、それを研究するために必要な膨大な基礎研究にかけるコストが、成果に伴わない。
「私も研究はしておりますが、塔から予算はほぼ出ておらず、趣味の領域にとどまっております」
リズモンドが肩をすくめた。
「ダラス氏は研究に見切りをつけたということでしょうか?」
「それはわかりません。表向きは家庭の事情ということになっておりますから」
食べていくことができないのなら、きっぱりと足を洗っても不思議ではない。
「どう思う? アルカイド君」
「診療院も怪しいですが、私はそのセナック・ダラス氏に興味がわきますね」
「ふむ」
レオンの目がわずかに光った。
「では、ガナック君はマーダンと一緒に診療院に行き、魔術薬剤をどの程度扱っているか、グランドール氏の薬剤がどう扱われたのかを調べて来てくれ」
「で、殿下?」
突然仕事を割り振られ、リズモンドは動揺したようだった。
「私はアルカイド君と、楓堂に行く。カリド、案内してくれ」
「何故、サーシャと?」
「魔道具屋で薬剤を売るとなると、隠してある可能性がある。隠しているものを探せるのは、アルカイド君だろう?」
「……それはそうですが」
リズモンドは不服そうだ。
──そんなに殿下と行動したかったということなのかしら。
サーシャは思わず首を傾げる。
「アルカイド君、たぶん、そうじゃないと思う。まあ、自業自得だろうがね」
なぜかレオンが苦笑した。
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