誕生会 12

「私がですか?」

 レオンはお世辞やサーシャの気を引こうとして、そんなことを言う人間ではない。

 それはわかっているが、サーシャとしても自分が素直だとか感情が豊かというような評価をうけたことはなく、思わず聞き返したくなる。

「ほら、今も素直に驚いた顔をしている」

 レオンは当たり前のことのように指摘する。

「アルカイド君は少しとっつきにくいところはあるけれど、良識があって、感情も豊かだ。彼女の表情が変わらないと感じているのなら、それはその話に興味がないか、もしくは何か大きな感情のうねりを隠しているかだろう」

 ほんの少しだけレオンの口角があがる。

「無論、興味を持つものが他人と違っているところは多少あるのではないかと思う。それは当たり前だ。アルカイド君は実力で現在の地位にいる自立した女性で、蝶よ花よと褒めたたえられているだけの同世代の令嬢と同じ感覚のはずはない。同じ反応を求める方がおかしいのだ」

 ちらりとレオンはリズモンドを見る。

 リズモンドはわずかに俯いた。

「そもそもアルカイド君の無表情は無感情ではなく、自分を傷つけるものから心を守るためのものだ」

 サーシャは思わず目をしばたかせる。

 そんなことを言われたことは初めてだ。

 言われてみれば、サーシャは自分の感情を表に出すことで得をした経験が少ない。辛くて泣いたら助けてもらうよりもさらに、弱さを言い募られることの方が多かった。

「……殿下には驚かされるばかりです」

 サーシャは軽く首を振る。

 レオンとは前回少し一緒に仕事をしただけだ。

 サーシャは自分が他人に理解されにくいとわかっていて、それはそれでいいと思ってきた。それなのにここまで見透かされていたことに恐ろしささえ感じる。

 サーシャだけでなく、それは他の部下に対してもそうなのだろう。

「驚くことじゃない。見ていれば誰でもわかることだ」

「誰でもわかることではありませんよ。殿下の下に、忠誠心溢れる部下が多いわけです」

「部下としては、もう少し興味のないところにもそうであればと思いますよ」

 マーダンは肩をすくめてみせる。

「そうすれば、根拠のない悪意ある中傷を殿下が受けずにすみます」

 側近としては、令嬢たちに広がる悪評なども心配なのだろう。

 ただ、サーシャは思うのだ。

 これだけの人たらしであるレオンが令嬢の間で人気がないというのは、レオンが令嬢に興味がないということの証明に他ならない。

 そもそも何人もにモテる必要はない。

 レオンが全力で求愛すれば、たいていの女性はほだされるのではないかともサーシャですら思う。

 マルス皇太子への配慮で、今はまだ誰も選ぶ気になれないのだろう。

 レオンはおそらく皇太子に対して、一歩どころか常に数歩下がることを自分に課している。

 現在皇太子の人望に問題はない。が、エドン公爵家をはじめとする大貴族派と、アリア・ソグランを推す神殿派でこの国は割れている。このうえ、皇太子に対立する後継者としてレオンを担ぎ上げるものが出てきたりすれば、政局はさらに不安定になろう。

 レオンはそのことを極端なほどに恐れているようだ。

 そして、彼は自身の感情をコントロールすることに長けすぎている。だからこそ、ラビニアはレオン自身が自分を犠牲にしているのではないかと指摘したのだろう。

「マーダンさんのお気持ちはわかりますが、噂だけを信じて殿下を攻撃するような輩は、そもそも日和見です。そのような輩は最初から相手にするだけ時間の無駄でございましょう」

 サーシャの言葉にレオンは頷いた。

「アルカイド君は合理的でいいな。嘘も世辞もないのが非常に心地よい。おそらくルーカスがアルカイド君を気に入る理由もそこにある」

 レオンはちらりとリズモンドの方を見た。

「むろん、アルカイド君は美しい女性だ。そういった意味で気にしている男性は多いと思うし、そういう男性ほど、アルカイド君を普通の女性の枠にはめたがるだろうがね。そう思わないか? ガナック君」

「……はい」

 リズモンドは少しだけ悔しそうに頷く。

 何が悔しいのかはサーシャにはわからないが、嫌いなサーシャが皇族に絶賛されている状況は嬉しくなくて当然だろう。

「さて。マーダン、出かける用意を。二人は馬車止めの辺りで待っていてくれ」

「承知いたしました」

 レオンは話を打ち切って、準備を促し、自分も支度があるからと言って部屋を出て行った。

「……殿下は他人のことが見えすぎる方だな」

 レオンの消えた扉を見ながら、ぼそりとリズモンドが呟く。

「事件の捜査には向いていると言えば、向いているけれど」

「奇遇ですね。私もそう思います」

「……お前、そんな表情できたんだな」

 リズモンドは頷くサーシャを見る。

「さりげにキツイ爆弾落とされた気分だ」

「なんのことですか?」

「結局、ハダルさまがおっしゃったとおりってことかな」

 リズモンドは軽く手を振って、馬車止めに向かうためにドアノブに手を伸ばす。

「ハダルさま?」

「お前が気にすることじゃない」

 リズモンドはなぜか大きくため息をついたのだった。



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