誕生会 11

 夕方、ある程度、仕事の段取りをつけてからサーシャは朱雀離宮を訪れた。

 ハダルはリズモンド・ガナックと一緒に行くように言ったが、引継ぎのこともあるので、サーシャは断った。

 相手が若い見習いならともかく、リズモンドはサーシャの先輩だ。一緒に行く必要を感じないし、そもそもサーシャはリズモンドにあまり良い感情を持っていない。

 リズモンドは既に離宮にいるはずだ。

「ああ、アルカイドさん」

 離宮に入ると、マーダンが出迎えてくれた。

「お待ちしておりました」

「すみません。引継ぎに時間がかかりました」

「いえ。助かります」

 マーダンは首を振る。

「あなたがいると、何より捜査がはかどりますので」

「そう言っていただけると、光栄です」

 親衛隊にも『魔素』を見る魔術師はいるが、いずれもサーシャの『魔眼』に勝てるものはいない。

 捜査がはかどるという言葉は、お世辞ではなくマーダンの本音だろう。

「ただ、今回は専門外になる可能性が高いと思いますので、お役に立てないかもしれません」

「魔素を視るだけのことでお呼びした訳ではありませんよ」

 おや、と、サーシャは思う。

 魔素を視る以外のことで、サーシャがマーダン達より格段に優れているものはないはずだ。

「あなたがいらっしゃると、殿下は考えがまとまりやすいそうです。あと、ここだけの話ですが。殿下が勝手に捜査に行こうとするので、護衛にいつも頭を悩ませてましてね。あなたがついてくださると、そちらの方は、多少お任せしてしまえるので私どもは動きやすくなるのですよ」

 マーダンは苦笑する。

「ああ、なるほど」

 確かに前回、サーシャはレオンと二人で捜査に行くことが多かった。むろん護衛はいたが、最少人数だったように思う。

「殿下は自分が皇族だということをお忘れになっているところがありますから」

「……そうかもしれませんね」

 フットワークが軽いのも、善し悪しで、それなりにいろいろ問題があるということだろう。

 側近であるマーダンの苦労がしのばれる。

「こちらです」

 前と同じ会議室に案内されると、部屋にはレオンと、リズモンドがいた。

 どうやら魔術薬剤の製造法について、リズモンドが説明をしていたようだ。

 軽く挨拶をかわすと、サーシャはそのままソファに腰かけ、リズモンドの話を聞く。

 ハダルの言うとおり、宮廷魔術師の中で魔術薬剤について一番詳しいのはリズモンドである。皇族を魔術で一時的にも身体強化できれば、安全面が増すのではないかという視点で、彼は研究を続けているのだ。もっとも魔術薬剤の最先端は軍の研究室の方で、リズモンドの主たる研究は別にある。あくまで内職の範囲だが、一流の研究者であるのは確かだ。

「つまり理論的には、どんな魔術でも薬剤に出来るということか」

「一応はそうなります」

 レオンの問いにリズモンドは頷く。

「ただし、身体に作用しないもの、例えば炎の魔術などを薬剤にしたところで、呪文が活性化しないという報告があります。積極的に研究がなされているわけではありませんけれど」

 リズモンドは息を継ぐ。

「軍で研究され、実用化されているのは主に身体能力の向上の魔術薬剤だけですが、今回のような眠りのようなものは作ることは可能でしょう」

「ところで、作った薬剤が五年以上前のものでも有効性はあるだろうか?」

「製作者の能力の問題でしょうね」

 リズモンドは首を傾げた。

「軍では二年以内の消費としているようです。魔術薬剤の中に込められた魔術は、少しずつ劣化してエーテルに戻っていってしまいますから。術者の力の強さ、製作技術などで違ってくるでしょう」

「あの。五年以上というのは?」

 サーシャは遠慮がちに手を挙げた。

「ああ、アルカイド君。例の医師は五年前に亡くなっていたのだ」

 レオンが答えた。

「七十一歳まで診療院に勤めていて、その後は帝都の郊外で楽隠居をしていたらしいのだが、ちょっとした病がもとでね」

「……さようですか」

 つまり、例の魔術薬剤がデイビット・グランドールという医師が作ったと仮定するならば、それは五年も前に製造されたモノということになる。

「魔術製剤から検出される魔素と資料提出された魔素の一致は、八割五分でした。他人が作った可能性がないわけではありませんが、そこまで酷似するものが出来るかどうかの確率は非常に低いと思います」

「他にその人物が作った薬剤があれば、判定がしやすいのではないでしょうか」

 リズモンドが口をはさむ。

「今、彼が晩年に過ごした屋敷の方を調査中だ。もう少し報告を待つしかない。彼の妻はまだそこに住んでいるから、遺品などは残っている確率が高いとは思う」

「彼の息子さんは何をなさっている方なのですか?」

「息子のウイル・グランドールも医師だ。もっとも、診療院ではなく、町で開業医をしている」

「それでしたら、魔術薬剤などの保管は、息子さんがなさっているかもしれませんね」

「そうか。そうだな」

 レオンは頷く。

「家族であれば魔素が似ている可能性もありますし、そちらに一度うかがった方がよろしいでしょうね」

「よし。マーダン、ウイル・グランドールの医院に行く。馬車の用意を」

「今からですか?」

 リズモンドが驚きの声をあげた。

 確かに既に日は傾き始めており、訪問には向かない時間ではある。

「この時間の訪問は迷惑かもしれないが、在宅しているだろうし仕事の邪魔をするよりはマシだろう。それにデイビット・グランドールの魔術薬剤が使われた可能性がある以上、客人として行くわけでもない」

「それは……」

「ベン・カーターは、まだ見つかっていない。魔術薬剤が一つである可能性もない。グランドール家が今のところ、一番疑わしい」

 マーダンがふうっとため息をついた。

「レオン殿下は事件となると時間を忘れる傾向はあることは否定できませんが、まあ、今回は妥当な捜査ではないでしょうか」

「しかし、サーシャも行くのだろう?」

「当たり前です」

 魔素を視るのはサーシャの仕事だ。

「わかりました。オレも行きます」

 リズモンドは呆れたというように頭に手を当てた。

「殿下も、サーシャも昨夜から働きすぎと思っただけです。ですが無理をすべきタイミングなのは理解しました」

「働きすぎ?」

 サーシャとレオンは顔を見合わせる。

「……ガナック殿のおっしゃることは、よくわかります。殿下は事件となると寝食を忘れがちですから」

 マーダンが同志を得たというように頷く。

「魔術薬剤なら、オレが見たほうが話が早いこともあります。時間を節約しましょう」

 サーシャは思わず、リズモンドを見る。

 ──まともな事も言えたのだわ。

「おい、サーシャ、お前、今すごく失礼なことを考えたな?」

「おかしいですね。私は無表情だとあなたに言われた気がするのですけれど」

「アルカイド君の表情はもともと豊かで素直だと思うが?」

 レオンは驚いたようだ。

「豊か?」

 リズモンドが首を傾げる。

 二人にとってサーシャは、全く違う人物に見えているらしかった。

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