誕生会10

 翌日。

 サーシャは宮廷魔術師全員の事務室に顔を出した。

 例の魔素は魔術省の『特別』なはからいで、昨夜レオンが親衛隊の方へ持ち帰っている。

「さて、と」

 レオンはサーシャを応援に呼びたいと言ってくれたが、実際それを判断するのはハダルである。

 サーシャとしては話があるまでは粛々と日業業務を続けるのみだ。

「サーシャ、昨日は助かった」

 積み上げられた自分あての書類から目をあげ、サーシャは声をかけてきた相手を見た。

 リズモンド・ガナックである。

「それは……どうも」

 意外な言葉に、サーシャはぎこちなく返事を返した。

「お前のおかげで、早期に治療が出来た。皇太子殿下もことのほかお喜びだった」

「はあ」

 おそらくは、ラビニアがすぐに気づいたということで、対応を褒められたってことなのだろう。

 サーシャとしてはラビニアが助かることの方が大事で、皇太子が喜ぶ云々はどうでもいいことだが、たぶん、リズモンド的には、サーシャに伝えなければならない重要事項なのだ。

 彼はそういうところは、とても律儀なのである。

「なんにせよ、大事に至らず良かったです」

「犯人は見つかりそうなのか?」

「親衛隊の管轄ですので、詳細はわかりかねます。ただ、レオン殿下は、必ず犯人を捜すとおっしゃっておられました」

 サーシャが資料室にレオンと共に入ったことを知っていて聞いているのだろうが、その件に関してサーシャは詳細を話すつもりはない。

 黙っていろと言われたわけではないが、守秘義務の大切さをサーシャは知っている。

「時間が出来たら、アーネストに礼を言っておけ。あの後、レオン殿下の警備をやめて、お前の後を引き継いだの、奴だから」

「……どうも」

 珍しくまともなことを言っている。

 勝手に後処理を押し付けられたリズモンドは、サーシャとアーネストがレオンの警護を交代するという形で、あの場を混乱なくおさめたのだろう。

 リズモンドは決して無能ではない。

 それなのにサーシャに対する嫌がらせ行為に関してのみ、妙に稚拙だ。だからと言って、高度な嫌がらせをして欲しいわけではないのだが。

 実力は誰もが認めており、伯爵家出身なのだから、本当ならハダルの次席は彼でいいとサーシャは思っている。追い落とすつもりは全くないのに、目の敵にされて迷惑なのだ。

「お前、レオン殿下に相当気に入られているみたいだな」

「……別に、親衛隊に引き抜かれる予定はないですよ」

 サーシャは肩をすくめる。

「そうか。なら、いいんだが」

 リズモンドの顔はどこかホッとしたように見えた。意外にもサーシャがいなくなることを望んでいるわけではないらしい。

「親衛隊は男所帯だし、荒事が多いから、やはり若い娘が務めるには少々不用心だと思うから心配していたのだ」

「ありがとうございます」

 まさかリズモンドに心配されるとは思っていなかった。余計なお世話だとは思ったが、サーシャはとりあえず頷いておく。

 実際のところ、男所帯だからと反対されるのはおかしい。宮廷魔術師も親衛隊に負けず劣らず男所帯で、女性の魔術師はサーシャを含めて三名しかいない。親衛隊では確かに女性を見かけたことはなかったが、全くいないわけではないだろうから、似たり寄ったりだろう。

 荒事は親衛隊よりは少ないかもしれないが、いざとなれば一線で戦う必要もある。けっして安全な職場ではない。

 そもそもリズモンドがサーシャを若い娘として扱っているかと言えば謎だ。

 宮廷魔術師の職場は実力主義だから、出来る出来ないに、男女の差はほぼない。

 つい昨日、三人分の仕事をサーシャに押し付けた男が言う台詞でもないだろう。

「なんにせよ、お前は宮廷魔術師だからな」

 なぜこいつに念を押されなければならないんだと、サーシャは思う。

 どうにもよくわからない。

「サーシャ、リズモンド」

 声をかけられて、振り返るとハダルだった。

「サーシャ、レオン殿下より、二度目の出向依頼が来ている。あと、リズモンド、お前も一緒に行って、捜査に協力してきなさい」

「え?」

 サーシャとリズモンドが異口同音に驚きの声をあげる。

「魔術薬剤の製法にここで一番詳しいのはリズモンド、君だろう?」

「……それはそうですが」

 リズモンドは片眉をあげた。

「しかし、宮廷魔術師が二人も抜けては」

「どうせしばらくは宮廷行事もない。それにリズモンドもレオン殿下と仕事がしたかったのだろう? サーシャに嫉妬するくらいに。それとも、もっと別の事情があったのかな?」

 ハダルはなぜか楽し気にリズモンドの顔を覗き込んだ。

 どうやら、先日の嫌がらせの件を言っているのだろう。

「わかりました。行きますよ。反省はしていますから、もう何も言わないでください」

 言いながら、リズモンドはなぜか顔を赤らめて、ハダルを睨みつけた。

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