誕生会9
資料そのものはきちんと整理されているが、量のそのものはかなり膨大だ。
何しろ五年に一度の申請なので、一年分を見たところで全員ではない。
──これは、けっこう大変なのでは。
サーシャはうんざりしながら、一つずつチェックをしていく。
そもそも絶対にあるとは限らない。
また、魔術薬剤ということは。すでに亡くなった人間という可能性だってある。それを含めて考えれば、チェックをすべきなのは二十年分は見たほうがいいだろう。
どれくらいの時間がたっただろうか。
サーシャは八年前の資料の中に、酷似した魔素を発見した。
「殿下!」
サーシャは声をあげる。
「見つかったのか?」
棚の反対側をみていたレオンが駆け寄ってきた。
「同じかどうかはデータを比べる必要がありますが、非常によく似ています」
「確率は?」
「八割から九割というところですね」
サーシャは目の前の資料を持ち出すための用紙の記入を始める。
「数値としては、それ以上にはならんだろうな」
レオンも頷く。
人の魔素は、恒久的に同じというわけではない。魔力が著しく損なわれるようなことがあったりすれば、少しずつ変化する。変化するがゆえに、提出は五年に一度なのだ。
ちなみに宮廷魔術師は一年に一度だ。軍の魔術師も基本そうだと聞いている。
「それで、誰だ?」
「デイビット・グランドール。医師のようですが」
魔素と共に記されている登録にはそう書いてある。
「国立の診療院に所属の魔術障害をみる専門医とあります。年齢は七十歳。これは八年前のものですが……その後の登録はなかったようにみえましたが」
見落とした可能性もゼロではない。分類が間違っていることだってある。
「何はともあれ、お疲れ。今日はもういい」
「……はい」
サーシャは頷いて、他の資料を片付ける。
夢中になって時間を忘れていたが、かなり夜も更けてきた。
この時間から調査をしても、わかることはわずかだ。
「その後の登録がないということは、その診療院をもう辞めている可能性もある。七十八歳なら、国の診療院をやめて、引退生活をおくっていてもおかしくはない」
「そうですね」
そもそも七十歳で診療院にいたということは、かなりの腕のたつ医師で周囲に引き留められていたのだろう。この国の官吏は六十歳でやめることが多い。
七十歳まで所属していたというのは珍しいと言えば、珍しいほうだ。
本来なら、仕事を辞めても登録は生涯続けなければいけないが、引退した年配者である場合、体調的に難しいこともあるだろう。
「ところでアルカイド君」
レオンはサーシャの顔を覗き込んだ。
「ここから先は、親衛隊が調査を引き継ぐ。君は採取した魔素を提供してくれれば、それで仕事は終わっていい。一応調書を取るからそれで時間を作ってもらうとは思うけれど、基本的に以降はこちらに任せてくれればいい」
「はい」
サーシャとしては、頷くしかない。
レオンは大きく息を吐いた。
「今回の事件、未遂に終わったとはいえ根は深そうだ。私としては最善を尽くしたいと思っている」
標的はラビニア一人だったのか、それとも、たまたまラビニアだったのか、犯人の意図が分からない。
ただでさえ、ラビニアは、マルス皇太子の婚約問題の渦中にいる人物だ。
「それで……順番としては、まず、ルーカスに許可をとってからが筋なのだが」
レオンは真っすぐにサーシャの目を見つめる。
あまりの距離の近さに、サーシャは思わず胸がドキリとした。
「私としては出来れば君に手伝ってほしい。無論、ルーカスが駄目だと言うならあきらめるし、君には君の仕事があることも承知しているから、断ってもらっても構わない」
レオンは口の端を少しだけあげて、わずかに微笑む。
「でも……考えておいてくれ。君と一緒なら、解けない謎はないと、私が思っていることを」
「……すごい殺し文句ですね」
サーシャは苦笑する。
愛を囁かれるよりも、確実にサーシャの胸が熱くなる言葉をレオンは知っている。知っていて、それを使う。
死神皇子という名を持つレオンは、世間の噂とは真逆な『人たらし』に違いない。
親衛隊の隊員の士気の高さと忠誠心を見ても、世間の噂はいったい何を見ているのかと思う。
もっとも。
死神皇子という名で恐れおののいているのは、彼の捜査を恐れる犯罪者と、外見だけで判断している令嬢だけなのかもしれない。
マルス皇太子との評判の差ほど、本人の才覚的に差はないようにサーシャには思える。
──わざと、放置しているのかしら。
兄を立て、自分が一歩下がるために、悪評を悪評のままにしておく。それくらいの泥は被りそうな男だ。
──だからこそ、ラビニアさまは自分を大事にしろと言っていたのね。
幼い頃からよく知っているラビニアには、レオンが無理をしているように見えるのだろう。
──まあ、でも。ただ、煩わしいだけなのかもしれないわ。
女性にモテるより、謎を解くことの方が好きだというレオンの言葉は真実だと、サーシャは思う。
実際、必要な人間には、的確なコミュニケーションをとってくるのだから。
「ハダルさまのお許しが出ましたら、ぜひ、ご一緒させてください」
サーシャは丁寧に頷く。
謎解きが出世争いよりも楽しいのは、サーシャも同じだ。
似た者同士ということなのかもしれないと、サーシャは心の中で苦笑した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます