誕生会8

 資料室は、魔術師の塔の地下にある。

 鍵は魔術省の管理品で、特別な許可がないと使えない。

 既にかなり夜も更けていて、本来ならば時間外なのだが、さすがにレオンの要請であるので、鍵はすんなり貸し与えられた。

 事務の対応がいつもと違いすぎることに、サーシャは内心呆れる。

 魔術省の人間は高位貴族が多く、権威に弱い。ちなみに魔術省の人間は自分達をエリートと信じて疑わないようだが、言葉は悪いが宮廷魔術師になれなかった良家の魔術師達とも言える。

 もっとも、事務能力と魔術の能力は別物であるので、魔術が出来ないからと言って、無能ではないことくらいはサーシャもわかっていて、彼らを下に見ているわけではない。

 ただ、実家が下級貴族であるサーシャは、それなりに冷淡な扱いを受けていることが多いのも事実だ。

「どうかしたのか?」

「いえ。やはり殿下が一緒だと、話が早いと思っただけで」

 地下へ向かう階段を降りながら、サーシャは肩をすくめた。

「ルーカスの名では、駄目なのか?」

「ハダルさま本人がいらっしゃるなら、話は別です。許可証を持っているだけですと、先ほどの五倍は待たせるでしょうね」

「魔術省でもそうなのか」

 ふうっとレオンはため息をついた。

「宮廷魔術師といえば、その辺の管理職より実力者だろうに」

「私は子爵家出身ですからね。あまり良くは思われておりませんから」

 地下へと向かう階段の照明は薄暗く、降りるたびにカツンカツンと音が鳴り響く。

「ハダルさまに目をかけて頂いていることもあって、睨まれているというのもあります」

 今後は、レオンのことでも睨まれそうだ。レオンは決して人気のある皇族ではないけれど、才気ある『皇子』だ。

 うまく取り入ったと陰口を言われてもおかしくない。

「まあ、要するに、私個人の性格に問題があるのでしょうけれど」

「そうだろうか? アルカイド君の仕事ぶりに嫉妬しているだけだろう?」

 レオンは首を傾げる。

「君のすごいところは、そういった悪口を言う奴でも、君が上司に色仕掛けをしたと言われないところじゃないかな」

「は?」

 何を言われているのかわからず、サーシャはレオンの顔を見る。

 レオンの表情は相変わらずの無表情で、何を考えているのか読めない。

「つまり、君に嫉妬している人間でも、君の実力を貶めることはできないってことさ」

「……なるほど」

 サーシャは得心した。

 ただ、それは、サーシャに女性としての魅力が皆無だということにつながらないだろうか。

 レオンとしては悪口で言ったわけではなさそうだけれども、サーシャとしては少しだけ複雑な気分になった。

「それでもその嫉妬が辛いのなら、いつでも親衛隊に来るといい」

 レオンは口の端を少しだけあげる。笑ったのかもしれない。

「君の実力は、この前の捜査で隊員全員が知るところになっている。宮廷魔術師に比べれば格が落ちるけれど、待遇は保証する。誰も君を貶めたりしないと約束しよう」

「……ありがとうございます」

 ラビニアには、親衛隊に引き抜くことはない口調だった。

 つまり、レオンの優しさからのリップサービスというやつだろう。

 これで表情が伴っていれば、心が揺れたかもしれない。

 レオンの表情筋が死滅していることに、サーシャは少しほっとした。

「さて、鍵を開けよう」

 階段を降りて突き当りに資料室の扉はある。

 鍵は二重チェックだ。一つ目は、魔術省に登録している人物かどうかの魔素認証、ふたつめは、物理的な『鍵』である。

 サーシャとレオンは魔素認証をすますと、鍵穴に『鍵』を入れ、扉を開いた。

「今、明かりをつけます」

 サーシャは、入り口の魔石に力を注いだ。

 一つの魔石に力を注ぐと、部屋全体に照明が入る仕組みになっている。

 ほどなくして、明るくなるのを待って、サーシャとレオンは、魔素登録証のある棚へと向かった。

「かなりの実力者だと思います」

 棚は各部署、実力別に並んでいる。

「現役の宮廷魔術師でないことは間違いないかと思います」

 上から下までで三十名の宮廷魔術師の魔素なら、サーシャはすぐわかる。

「それならば、もし登録があるのなら、軍の魔術師か、もしくは引退した魔術師あたりではなだろうか」

 レオンの言葉にサーシャも同意する。

「魔術薬剤を作ること自体は、違法ではない。むしろ、『潜り』である方が、見つかりやすく、言い逃れが出来ない。アルカイド君でなければ見過ごすほどのものを作った者だ。かなり狡猾な相手と見て間違いないだろう」

「……そうかもしれませんね」

 魔素の標本は、魔眼がなくてもわかるような処置がされている。

「では、手分けをして探そう」

 レオンはサーシャに魔素の特徴を聞くと率先して探し始めた。

「本当に変わった皇子さま」

 サーシャは思わず呟き、自身も標本に目をやった。 

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