誕生会7

 魔術師の塔には、三つの機能がある。

 一つは、国家の魔術師全体を束ねる魔術省、もう一つは、宮廷魔術師の研究室、最後の一つは病棟である。

 病棟といっても、特殊な魔術障害による病などの研究の側面が大きい。

 入り口で訊ねれば、公爵令嬢であるラビニアは特別室に入院しているらしかった。

 症状を聞くと、服薬してすぐの治療であったため、回復も早かったらしい。

「お手柄でしたね。あなたが気づいたおかげで大事にならずにすみましたよ」

 病室へと向かおうとしたサーシャは、ちょうど帰ろうとしていたデック・グリンに声をかけられた。五十近い彼はベテランの魔術医師だ。サーシャが魔力暴走で運ばれたとき治療してくれた、いわばサーシャの恩人でもある。

「いえ、すぐそばにいて、止められなかったのですから手柄とはいえません」

「それは不可能というものですよ」

 デックは柔らかく微笑んだ。

「いくらあなたでも、四六時中エーテルを見ていたら疲れてしまいます」

「そうですね。ありがとうございます」

 サーシャは頷く。

 デックの言うとおりだ。

 眼鏡さえしていなければ止められたかもしれない。だが、サーシャの魔眼は視覚を圧倒する情報量をサーシャに与える。

 それは魔術師として得難い才能ではあるが、人間として必要な視覚情報が頭で認識されにくくなってしまう。

「レオン殿下は、まだ病室に?」

「ええ。調書をお取りになっておりました。殿下自らなさるとは、まめな方ですね」

「……そうですね」

 サーシャは頷く。

 お見舞いだけして帰るのではなく、きっちり仕事をしているあたりがレオンらしい。

──でも、上があれだと、下は休めなくて大変よね。

 マーダン達の苦労がしのばれて、サーシャは苦笑する。

 もっとも、サーシャの上司であるルーカス・ハダルも仕事人間なのだし、何よりサーシャ自身が立派な仕事中毒だ。本人に自覚はないのだが。

 デックと別れてから、サーシャは病棟の長い通路を歩き特別室へと向かう。

 照明に照らされた廊下は、がらんとしているが、いくつもの結界が張られている。宮廷魔術師であるサーシャは通り放題だけれど、たとえば刺客などが簡単には入り込めないようになっていて、宮殿並みのセキュリティが敷かれているのだ。

「サーシャ・アルカイドですが、エドン公女さまおよびレオン殿下にお目にかかりたいのですが?」

 扉の前で守るように立っていた騎士に声をかけると、騎士は中へ確認をとってくれた。

 騎士はどうやらマルス皇子が残していったらしい。ただのパフォーマンスの可能性もゼロではないけれど、レオンの言うとおり、マルスはラビニアを大切にしているのだろう。

「どうぞ」

 案内されてはいると、レオンは椅子に腰を下ろして、メモを取っていた。

 ラビニアはベッドに横になっており、側にいる看護師が、ラビニアの様子をみている。

「失礼いたします。お加減はいかがでしょうか?」

「ええ、おかげさまでいいわ」

 ラビニアはサーシャの顔を見て微笑んだ。顔色も悪くない。

「けれど、三日ほどここにいなくてはいけないと言われて、ちょっとうんざりぎみだわ」

「魔術薬剤の後遺症があってはいけませんからね」

 サーシャは頷く。

 ラビニアに使われた『眠り』の魔術薬剤は、あまり普通に使われないものだ。

 たいていの魔術薬剤は数時間で効果が切れるように作られているが、使用された魔術薬剤がそうであったという保証はない。

 それに全ての魔術が薬剤の形にできるものではなく、実用化に至る薬剤はそれなりに試験を重ねて安全性を高めて使用するのが常である。禁じる法そのものは存在しないので、作ることそのものが犯罪とは言い難いけれど、服薬する人間に不許可で使用することはあり得ない。

「ラビニアの安全を考えたら、ここから動かないのが一番だ」

 横からレオンが口をはさむ。

「何より、兄上が安心する」

「……そうね」

 ラビニアは頷いて笑みを浮かべた。

「少なくとも、嫌われていないってわかったから、しばらくおとなしくしておくわ」

 ラビニアが倒れた時のマルスの様子は、嫌っていないとかいうレベルのものではなかった。

「そうなさった方が、周囲が丸く収まると思います」

「へえ」

 レオンが感心したような声を漏らす。

「アルカイド君でもそのようなことを言うのだな」

「……殿下の中で、私はどんな人間なのでしょう?」

「気を悪くしたのなら、すまなかった。あまりそう言うことには、興味がなさそうに見えていたので」

 レオンが申し訳なさそうに謝罪する。

「あ、いえ。謝罪などは必要ございません。興味が薄いのは事実ですし」

 サーシャは慌てて首を振った。

「ふふっ。殿下も魔術師さんも本当に似た者同士ね」

 ラビニアが笑い声をあげた。

「仕事中毒すぎて、いろいろ欠けているように見えるけれど、別に情が薄いわけではないし、とても礼儀正しくて常識人なところ、そっくりよ」

「ラビニア」

 レオンがムッとした声を出す。

「なあに。人は本質を突かれると、痛く感じる生き物だから、痛かったかしら?」

「ラビニアは、私のことより、もっと自分のことを気にすべきだ。さて、そろそろ行こうか、アルカイド君」

「え? あ、はい」

 頷きながら、どうしてレオンを呼びに来たことに気づいたのだろうと、サーシャは首を傾げる。

「資料室だろう? 君と別れてから、気が付いた」

「……殿下は鋭すぎです」

 サーシャは目をぱちぱちとさせる。

「あなたたち、本当に仕事のことしか考えてないのねえ」

 扉に向かうサーシャ達の背に向かってラビニアが呟く。

 サーシャもレオンも反論する気にはなれなかった。

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