誕生会13
ウイル・グランドールの開業している医院は、帝都の高級住宅街の片隅にあった。
平民相手といっても、相手にしているのは比較的裕福な層なのかもしれない。
門をくぐった時には診療院の方の明かりは既に落ちており、奥の住居スペースの方にだけ明かりがともっていた。
親衛隊の取り調べということで案内されたのは、住居スペースにある居間だった。
爵位はないものの、住み込みの使用人はいるようで、屋敷内に置かれた調度品もかなり高価なもののようだ。
部屋に灯されているのは、魔道灯。
点灯には魔力が必要なタイプだ。これは屋敷のうちの少なくとも誰かが魔術を使えることを意味しており、一種のステータスにもなっている。
ウィル・グランドールは四十歳。
医院の評判は悪くない。屋敷の様子を見ても資金繰りなどに困っている様子もなさそうだ。
居間に置かれたソファに優雅に腰かけるレオンの後ろにマーダンとサーシャ、レズモンドが立って並ぶ。
入ってきたウィルは恰幅の良い中年男性だった。知性の光を感じさせる落ち着いた感じで、来ているシャツも庶民としてはかなり上等なものだろう。
「このようなところに、皇子殿下においでいただくとは恐縮でございます」
ウィルは深々と頭を下げた。
「挨拶も遠慮もいらん。とりあえず座ってくれ」
レオンはウィルに目の前の椅子に座るように言った。
ウィルとしても、サーシャ達が立っているし、レオンの前でどうすべきか考えているようだったが、レオンに言われたままに腰を下ろした。
「まず、ひとつ。そなたの父親、ディビット・グランドールは魔術薬剤を作ることに長けていたそうだが、亡くなったあと、その薬剤を引き継いだということはないかね?」
「一部の身体強化の薬については引き取りましたが、基本は、父の勤めていた診療院の方にお渡しいたしました。そもそも、魔術薬剤は通常扱うには高価であり、また、病気の治療に役立つ場面はあまりありませんので」
ウィルはゆっくりと答える。
「診療院?」
「はい。セナック・ダラスという医師に引き取っていただきました。明細につきましては、郊外に住む母の方がわかると思います」
セナック・ダラスは診療院でディビット・グランドールの後を引き継いだ医師らしい。
「できれば、ディビット・グランドールの作った魔術薬剤があれば、見せてもらいたいのだが」
「……今は、もうそんなには残っておりませんけれども準備させましょう」
ウィルは頷き、使用人を呼んで指示を与える。
どうやら、魔術薬剤のほとんどは金庫にしまわれているもののようだ。
「それと、ベン・カーターという男を知っているかね?」
「さあ? 患者の中にいないとも言い切れませんが、すぐに思い出せる名ではありません。どのようなお人なのですか?」
「宮廷の給仕人だ。現在、行方不明でね」
レオンは、表情を確認しながら、ベン・カーターについて話す。ウィルに心あたりはないようだった。
「ところで、ディビット氏は通常作らぬタイプの薬剤も作っていたという事を聞いたのだが?」
「ええ。そのようです。最終的に光の魔術の治癒を薬剤に出来ないかと考えていたようですね」
「デイビッド氏は、光魔術を使えたのか?」
「いえ。使えませんが……魔術薬剤は必ずしも使える必要はないので」
「そうなのか? ガナック君?」
レオンは控えているリズモンドに確認する。
「はい。理論的には可能です。必要なエーテル、必要なだけの魔力、力ある言葉による術式に、薬剤に閉じ込めるべき『符号』さえ見つけることができれば可能とは言われております」
リズモンドは静かに説明する。
「ただ、現実問題として自分が使えぬ術を薬剤に落とし込めるには多大な労力、時間を含めてコストもかかり、現状あまり研究されてはおりません」
そもそも薬剤にして効力がない魔術の方が圧倒的に多い。
魔術を使えない人間が魔術を行使することができるというメリットはあるものの、同じメリットをもとめるのなら、魔道具のような実用的なものの方が研究として人気がある。
軍ではそれなりに研究されてはいるようだが、研究者が使えぬ魔術を使えるようにという研究と魔術薬剤の研究ははっきり言えば別の物扱いだ。
「ただ、治癒の魔術が薬剤に出来るのであれば、軍も本気で研究するでしょう」
治癒の魔術の効果はちょっとした傷が治る程度ではあるが、服薬でその効果が得られるとしたら、それは革命的な発明になる。
「父は自分が使えぬ魔術での魔術薬剤製造は、一度成功したようです。もっとも、眠りの薬剤ですけれど」
「眠りの?」
「ええ。研究ノートが残っておりましたから」
ウィルは立ち上がり書棚に手を伸ばした。隅に立てられていた帳面をレオンに渡す。
「父は力を増幅する薬剤をよく作っていました。病気で弱った方が一時的に帰宅出来るようにというような配慮のためです。それらの研究については勤め先に残してきたようですが、こちらはやめてからのものの一部です」
「しばらく借りていいかね?」
「どうぞ」
レオンはその帳面を受け取り、ページをめくる。
「随分と几帳面な方だったのだな」
「父は本当は研究者になりたかったのですよ。良き医者であったのは事実ですが」
ウィルは肩をすくめたのだった。
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